「解(とく)」ができると、「得(トク)」になる。

今日は、「よむ」と「きく」を力にするために大切なことについて、お話をしたいと思います。

ただ「よむ」、ただ「きく」は、基本的には誰もが日常的にやっていることです。(もちろん、何らかの器官的、機能的なハンディキャップによりそれがかなわないケースがあることも理解しています)

「よむ」と「きく」が力となり発揮されるのに、プラス何が大切かというと、それは、「解く(とく)」です。よんで理解できること、きいて理解できることは、モノゴトを知り、それについて考え、適切な判断をするためには、必要不可欠といって良いと思います。それができると、「よむ」と「きく」はあなたの「得(トク)意」なこととして、自分や誰かを支える力になります。

それは何も試験問題や学校での勉強に限りません。人生において常に欠かすことのできない、人とのコミュニケーションにおいても同じ。目から入る活字の情報か、耳から入って来る言葉の情報かインプットの経路に違いはあれ、言語情報として適切に処理できるかどうかは同様に大切で、それができると目の前に広がる景色も、自分の心の中もどこかスッキリします。そして同時に、この世界は言葉だけでは成り立っていないことを、改めて理解することもできると思うのです。当たり前の「よむ」と「きく」によって、あなたの人生が、生きているこの世界が、より豊かに拡がっていく。これは「解く(とく)」ことで得られる、まさに「得(トク)」なる力なのです。

では、「解く(とく)」とはどういうことなのでしょうか?「理解」という言葉を1つ1つの漢字から紐解いてみると、「理(ことわり)」を「解(ほど)く」と書きます。ここではあえて「解(ほど)く」という言葉を使います。「理(ことわり)」とは、「ものごとのすじみち」のこと。それを「解(ほど)く」と、そこにあるものごとのすじみちが、何でどのようにできているのかが明らかになり、「理解」できるということになります。

「よむ」に「解く(とく)」をプラスすると、いま自分が目にしている文字や言葉によって構成されている文章について、何が書かれているのか、どのように表現されているのか、そして、書き手が何を伝えようとしているのかを理解できます。「きく」に「解く(とく)」をプラスすると、いま耳にしている言葉について、何が話されているのか、どのような表現が使われているのか、そして、話し手が何を伝えようとしてるのか、を理解できます。

ここまで読んでいただいて気がつくことがありませんか?そう、「よむ」も「きく」も、「解く(とく)」ときは、ほとんど同じプロセスを踏んでいるということです。つまり、この「解く(とく)」を「よむ」と「きく」どちらかで鍛えると、どちらの力もアップしていく、「解(とく)」ができると「得(トク)」になるというお話でした。

次回は、「よむ」と「きく」、どちらで鍛える?ということをお伝えします。

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