記事一覧
短歌人 月例作品 2024年7月号
自転車は風にほおずりする道具すこしくもったつつじの匂い
外来種どうしと思う東京から来たわたくしとナガミヒナゲシ
数十年に一度だけ咲く竜舌蘭が浜名湖花博会期中に咲く
新しい教科書てかてか輝いて緑の季節が走りはじめる
まだ摩耗してない牙をひからせていちごの赤にかぶりつく子ら
戦没者のように思えりコロナ禍に会えないままで亡くなったひと
短歌人 月例作品 2024年6月号
安全はすこしくるしい揺れるたびシートベルトは首に食いこむ
ゆっくりと咲く花もあり四十歳越えてじょうずになるアイライン
東京ドーム一杯分の原器として東京ドームを子に見せており
春休みの竹下通りにゆめいろの虹の味する綿菓子を食む
元夫にきわめてよく似た人物をオペラシティのカフェに見つける
わたくしの臓器の寿命を感じつつ子らのとなりで飲むコカコーラ
短歌人 月例作品 2024年5月号
来年のために手帳に書いておく鼻のカメラは右の穴から
春を呼ぶミモザと秋に嫌われるセイタカアワダチソウは似ている
唐突に春が来ていてとりあえず圧力鍋にポトフをつくる
手際よくザラメを入れてスイッチを押せばたちまち甘い綿雲
春が来るたびに脱皮をくりかえしふくらんでいく未来の大人
おもむろにあなたの声が響きだすチェロの独奏曲の重さで
短歌人 月例作品 2024年4月号
もう膝におさまりきらない五歳児は大型犬のように甘える
国籍で差別するのはあれだけどブラジル産の鶏が苦手だ
かっちりと縦列駐車が決まるときここまで走った十年思う
ひんやりと眠るハンドルあたためて鋭く鳴らす冬のエンジン
なごやかに楽しき法事の人去りて片づけるときに清き静寂
わたしたちスノードームのまんなかの二体の人形として寄り添う
短歌人 月例作品 2024年3月号
冬至の日の午後はほんわりあかるくてもらった柚子を配ってまわる
西日さす冬の三時はいまは亡き人らに会える魔法の時間
天上の高柳先生にひとたばの野百合のような歌を届ける
トラックを洗うしぶきもまぶしくて仕事納めのひとのあかるさ
だしぬけに原稿用紙を丸めれば大文豪になった心地す
東海道新幹線で富士山が大きく見えるあたりにいます
短歌人 月例作品 2023年12月号
金色の稲の穂と穂が触れあってさわさわさわと秋が聴こえる
勲章の内示を受けて胸中に光らせたまま父は逝きたり
秋空にチョークで描いたリュウグウノツカイみたいに長い長い雲
いわし雲見上げるわれは水底のタカアシガニの視線を持てり
過ぎ去ってゆくものだけがうつくしい少し涼しい九月の朝に
「短歌人」2023年12月号 月例作品 伊藤まり
短歌人 月例作品 2023年11月号
新幹線は翼をもがれた飛行機で終わることなき高速滑走
七、八年会わない祖母が亡くなって造花の菊のようなかなしみ
MADE IN USSRと刻印あり義父の遺したマトリョーシカに
霧ヶ峰 額をなでる涼風が我が家を美しき高原となす
くろがねのMRIに吸い込まれ不協和音に叩かれまくる
「短歌人」2023年11月号 月例作品 伊藤まり
短歌人 月例作品 2023年10月号
羽化しきれなかった蟬に小蟻らは囲み取材のごとく群がる
漆黒のブローチのごとかがやける角を失いたるかぶとむし
七月盆と八月盆のまんなかで子らと見つける天使の梯子
錆びついた配管を身に巡らせて夕闇に啼く製紙工場
空の青と富士の蒼とをくらべては見とれるうちに夏は終わりぬ
「短歌人」2023年10月号 月例作品 伊藤まり
短歌人 月例作品 2023年8月号
東京のビルは空より青冴えて中に行き交う人は見えざり
ペチュニアの咲かない庭に夏が来て老母はひとり二階屋に住む
花瓶にて枯れゆく薔薇を見送って蘭の一輪ゆっくりひらく
なみなみと初なつの水を引き入れて田は銀色の空を映せり
カホンという楽器があって公園の芝生広場によく似合います
「短歌人」2023年8月号 月例作品 伊藤まり
短歌人 月例作品 2023年7月号
いっせいに躑躅は叫ぶこのまちの初夏はわれらが占拠したりと
二、三票欲しいと思う富士市議選十人落ちる激戦なれば
とれたての素材を切って盛りつける料理と短歌はすこし似ている
AIは見てきたような嘘をつき昭和前期の歌人のわたし
寺子屋の復元模型で永遠に学びつづける人形の子ら
「短歌人」2023年7月号 月例作品 伊藤まり
短歌人 月例作品 2023年6月号
律儀なる一本の消化管として胃カメラ室の前に待ちおり
街じゅうに白木蓮がため息をこぼして春のあかるい夕べ
一周忌過ぎればふっと思うこと少なくなりて父の声遠し
漢方は食前に飲む香り高い前菜として桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)
心には涸れることなき泉ありいちばん好きな曲を聴くとき
「短歌人」2023年6月号 月例作品 伊藤まり