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お試し公開 ショートショート集『のうぢる』歩暗苦

 ある日、アメリカかぶれのYくんが僕の家に来て、「これ聴けよ。歩暗苦って言うんだ。ソーファイン!」と言ってCDを押しつけてきました。何度断っても帰らないので仕方なく聴いて、吃驚しました。アメリカ人にも、日本的な感性が潜んでいることを知ったからです。

 兵 家紋

 兵 家紋

 海老 馬で精

 歩 歩 歩 歩

 家紋 がたがた

 兵 家紋 がたがた

 海老 馬で精

 歩 歩 歩 歩

 どかどかと喧しい音楽に合わせて、こんなことを叫んでいたのです。

 つまりはこんな物語――。

 昔々、とある地方に武闘派の戦国大名がいました。その兵を見れば武田も逃げ出す。その家紋を見れば皇すら跪く。間もなく日本を統一するといった猛威をふるっていました。しかしこの猛威には理由があって、大名は兵に連日、海老や馬といった高級食材を振る舞うことで精をつけさせており、その力の代償として、財政難の影も潜んでいたのです。そして訪れたのは破綻の時。門の家紋は汚れ傾き、兵も栄養失調に足取り覚束ない。そしてこれが戦国時代、ここぞと侵略の手が伸びてきました。しかし大名は降服しませんでした。兵もその目の焔は消えていませんでした。屋敷も土地もすべての財産を売り払い、海老や馬をおおいに喰らい、最後の力を振り絞り、野を超え山越え谷を越え、負け戦にいざ出陣だ!

 嗚呼、敗北の美学です。

 まさかこんな感性が、合理主義のアメリカ人にもあるなんて思いもしませんでした。僕はすっかり感動して、今日は特別にアメリカかぶれのYくんと一緒に遊んでやることにしました。アメリカかぶれのYくんは嬉々として、僕をスケボーに誘ってくれました。森の奥の巨大な土管の中を滑走しながら、Yくんは言いました。

「おれ、みんなから嫌われてんのかな?」

「そんなことは、ないと思うよ」

「ううん。正直に言ってくれよ」

「わかった。嫌われてるよ。親にも、あんなのと遊ぶなって言われてる」

 Yくんは無言でスケボーから降りて、とぼとぼ歩き出しました。僕はそれ以上何も言わずにYくんのあとに続きました。暫くすると土管の外に出ました。するとYくんはスケボーを川に放り投げ、かぶっていたニューヨークヤンキースの帽子も地面にたたきつけました。

「おれ、アメリカかぶれをやめるよ。今日のこと、忘れないでくれよ」

 そんな言葉はさっきの、負け戦に臨む武将を彷彿させました。

「うん。誰にも言わない。君を馬鹿にしたりもしない。がんばれ。がんばれ!」

 僕は大声で言いました。がんばれYくん。歩、歩、歩、歩、あるのみ!





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