あとがき

『人生を変える幸せの腰痛学校』(プレジデント社) あとがき  全文無料公開中

 私はかつて“腰痛難民”のひとりでした。
 就職して二年目、軽い気持ちで受診した整形外科の医師から「椎間板ヘルニアによる腰下肢痛」と診断されたのは二十四歳の時でした。
以来、三度の入院、手術、そして鍼灸や整体など評判がいいと耳にしたあらゆる代替医療を受けましたが、腰と下肢の痛みはよくなったり悪くなったりを繰り返し、二十代のかけがえのない時間とお金をただ治療のためだけに費やしました。

 この本の主人公「私」〈神崎さん〉の腰痛をめぐる物語は、私自身の体験がベースになっています。しかし、〈神崎さん〉と実際の私とでは大きく違う点があります。それは、私が自分の力で立ち上がったことです。

 いったんどん底まで落ち込んだ後、「腰痛があるままで幸せになる!」と決心したことを今でもはっきりと覚えています。それは、「幸せになりたい」ではなく「絶対になってやる」という強い決意でした。

 その後、腰痛の治療を一切やめ、腰痛があるままで仕事を再開した私の腰下肢痛は、気がつくといつの間にか消えていました。

 物語のもうひとりの主人公である佐野先生が「一週目」で話す「腰痛を治したければ、腰痛を治そうとしたらアカンのです」という言葉は、本当にその通りなのです。腰痛を「治さなければいけないもの」として、ネガティブな感情をもって注意や関心を向け続けると、かえって治りません。腰痛以外のことに、ポジティブな感情を持って関心を向けることが、遠回りにみえて実は改善への近道なのです。

 痛みはなくなりましたが、「私は椎間板ヘルニアがあるのだから、またいつあの激痛に襲われるかわからない」という不安をいつも抱えていました。そこで私は再発に対処するため自ら専門家になろうと考え、鍼灸の専門学校に通い始めました。

 その在学中に、運命を変える二冊の本と出会いました。ジョン・E・サーノ著『サーノ博士のヒーリング・バックペイン──腰痛・肩こりの原因と治療』(春秋社)とアンドール・ワイル著『癒す心、治る力──自発的治癒とはなにか』(角川書店)です。
「椎間板ヘルニアは腰痛の原因とはいえない」「思いや考えが病気をつくったり、治したりする」──世界にはそれまで私が思いもしなかった新たな側面があるということがわかった時、これまで私が見てきた風景は一変しました。今まで診てもらった多くの医師や治療者の言葉、本や雑誌やテレビで知った知識が正しいわけではないかもしれない──そう思えた瞬間、それまで自分を取り囲んでいた高い壁がガラガラと音をたてて崩れ、視界が一気に広がっていく感覚がしました。そして、どんな治療を受けてもよくならなかた私の腰痛は、なぜ何もしなくなった途端消えたのか、その疑問がようやく解けた瞬間でもありました。

 それから私はワイル博士のような心身相関の専門家になりたいと思い、鍼灸専門学校在学中からホリスティック医学、東洋医学、心理学、各種心理療法、気功や瞑想、そして催眠などを幅広く学び、二〇〇二年四月、当時住んでいた神奈川県で心身相関専門の鍼灸カウンセリング治療院を開業しました。そこでは、腰痛をはじめさまざまな心身面での不調に悩む多くの患者さんの声に耳を傾け、対話を重ねることで治療を行ってきました。

 この本で描いた〈佐野先生〉や〈神崎さん〉の仲間たちの話は、私がこれまで出会った数多くの患者さんたちと積み重ねてきた治療のための対話がベースになっています。

 患者さんにはそれぞれ、「なぜ病気になり、なぜ治らないのか」そして「何を思い、考え、感じているのか」という個々の「物語」があり、この「物語」がよくも悪くも、病気や症状に大きな影響を与えています。患者さんの「物語」を傾聴し、それが治癒を阻害するものであれば、エビデンス(科学的根拠)をもとに、治癒を促進する「物語」に再構築する、これを対話による医療といいます。
 
 腰痛の改善に欠かせないものは、「エビデンスに基づいた適切な情報」なのですが、それがなぜ必要なのかというと、私たちは「情報」をもとに「信念」をつくり、その「信念」が「物語」をつくっているからなのです。

 対話だけで腰痛が改善するなんて信じられないと思うかもしれませんが、事実、現時点で慢性の痛みに関する世界の最先端の治療は、オーストラリアのシドニー大学で行われている認知行動療法プログラムです。腰痛に対する「認知」をあらため、日々の「行動」を変えるこのプログラムでは、腰や身体の直接的な治療はしません。変えるのは「腰そのもの」ではなく、腰痛に対する「思考や信念」なのです。
 
 腰痛に対する「思考や信念」を変えればいい、そこまではわかっているのですが、長い間自分にとって「真実」だと思い込んでいた「信念」を変えるのはそう簡単なことではありません。

 そこで私は、腰痛を改善するためのプログラムを「物語」にして、「疑似体験」してもらうことが有効なのではないかと考えたのです。気軽に楽しく小説を読み進めながら、気がついたらなんとなく腰痛が改善していたというのが私の理想です。「楽しい」「幸せ」「わくわく」などのポジティブな感情を持つこと、それ自体が治療につながるのですから。

 もしも今の私が過去の自分になにかを伝えるとするなら、
「あなたのその経験が役に立つ時が必ずくるから。今はそう思えないだろうけど、とにかくそのままで大丈夫だから」
と言いたいと思います。

 治療者になって十六年が経ちました。患者から治療者になった私だからこそ届けられる言葉があるのだと、私は今ひしひしと感じています。

 この本が、かつての私のように腰痛で苦しんでいる方はもちろん、なんらかの身体の不調で悩んでいる方にとって、生きる自信と勇気の一助になればこれほどうれしいことはありません。

伊藤かよこ


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