解説

『人生を変える幸せの腰痛学校』(プレジデント社)~解説 「腰痛が恐くなくなる希望の物語」~全文無料公開

『腰痛は〈怒り〉である』著者  長谷川淳史

 本書は私の知る限り、腰痛の改善を目的として書かれた世界で初めての小説形式の本である。小説だからといって、侮ってはいけない。

 なぜなら、本書のなかで詳しく描かれる認知行動療法、すなわち腰痛に対する間違った情報の是正と、無理なく段階的に活動量を増やしていく方法は、現時点での最新の科学的エビデンス(根拠)に裏付けられた慢性腰痛に対する最も効果的な治療法のひとつだからである。

 著者も「あとがき」で記しているように、今世界で最も注目されている腰痛治療は、オーストラリアのシドニー大学疼痛管理センターの「ADAPTプログラム」である。十人一組の合宿形式で、認知行動療法に基づくレクチャーとエクササイズが毎日午前九時から八時間、三週間にわたって繰り返し行われる。その効果は絶大で、プログラム終了時にはほとんどの患者が鎮痛剤を手放し社会復帰を果たしている。日本でも腰痛研究のメッカとされる福島県立医科大学で導入されている。
 
 この本は、そんな認知行動療法に基づく腰痛治療が物語を読み進めながら自然と疑似体験できる、意欲的かつ画期的な一冊だ。

 この二十五年、世界における腰痛分野の研究は飛躍的進化をとげた。さまざまな医療的・脳科学的実証実験により、従来信じられてきた「生物学的(物理的・構造的)損傷」という機械的な原因論は間違いだったということが解明された。つまり、ごく一部の重大な内臓疾患につながる急性の腰痛を除く大部分の腰痛は、実は腰そのもの(骨や軟骨)を傷めたために痛みが発生するのではなく、それぞれの患者自身が抱えているさまざまな心理社会的因子(不安、悩み、悲しみ、怒り、職業上のストレス、不安、恐怖、家庭問題などの精神的な要因)によって発症・慢性化・再発するということがわかってきたのだ。これが「腰痛概念の劇的な転換」と言われているものである。
 
 そして最近の脳科学の研究によって、慢性の腰痛や坐骨神経痛のほか、原因不明の身体の不調やうつ病などに苦しむ患者は、ストレス反応の中枢をつかさどる「偏桃体」が肥大化することで、鎮痛に関わる「側坐核」と「DLPFC」(背外側面前頭前野)、さらには記憶に関わる「海馬」が委縮していることがわかってきた。そのため私は、「偏桃体」を刺激する不安、恐怖、怒り、悲しみなどを感じる情報から距離を置くことを患者さんに勧めているのだが、こうした脳の実質的な変化でさえ、認知行動療法やエクササイズ(運動)、そして瞑想によって回復することが明らかになっている。このような事実からも認知行動療法が腰痛の改善にとっていかに有効かということがご理解いただけるのではないだろうか。

  本を読むことで正しい知識・情報を理解し、考え方を変え、心や脳のあり方を変える「読書療法」は、アメリカの内科学会と疼痛学会が発表した最新の「腰痛診療ガイドライン」でも強く推奨されている。事実、「慢性腰痛の患者を対象に読書療法の効果を長期間にわたって追跡した結果、読了後一週間で五十二パーセントの患者が改善しただけでなく、九か月後、十八か月後もさらに改善し続けた」(Udermann BE. et al Spine J, 2004)など数多く報告されている。
  
 私自身が読書療法の効果をはっきりと確信したのは、ニューヨーク大学医学部臨床リハビリテーション医学教授のジョン・E・サーノ医師が書いた『Healing Back Pain』(邦題:サーノ博士のヒーリング・バックペイン)を監訳者として一九九九年に出版した直後だった。本国のアメリカではこの本を読んだだけで五十万人以上の人が腰痛から解放されたと言われていたが、実際に日本で出版されると、読んで痛みが消えたというお便りが数多く寄せられたのだ。
  
 私が本書の著者である伊藤かよこ先生と出会ったのはちょうどその頃、二〇〇〇年のことだった。初めてお目にかかった伊藤先生は好奇心旺盛な様子で、私の話をひと言も聞き逃さないとするかのようなきらきらとした目がとても印象的だった。それ以来、同じ志をもつ者として交流を続けているが、今や彼女は、私がこれまで直接会った人物の中で五本の指に入る立派な医療人のひとりである。また個人的には、腰痛研究の世界的な権威で知られる福島県立大学理事長兼学長の菊地臣一先生を私に引き合わせてくれた恩人でもある。

 伊藤先生の腰痛患者として体験、そして治療者として数多くの患者さんと向き合ってきた長い経験から書かれたこの物語には、年齢、家庭環境、職業、背景、痛みの内容が異なる六名の腰痛患者が登場する。どうかあなたもその中の患者の一人になったつもりで、あるいは七人目の患者になったつもりで繰り返しお読みいただきたい。

 もはや腰痛の治療には、安静も、コルセットも、薬も、手術も、腰痛体操も効かないことは科学的に実証された事実である。大事なことは、腰痛に関する誤った思い込みを消去し、正しい知識・情報を心底理解し、考え方や行動を変えることなのだ。本書はそのためのあなたの最強の教科書であると同時に、あなたを腰痛の恐れから解放してくれる希望の物語でもある。
  
 テレビやインターネット、健康雑誌や健康実用書と、私たちの暮らしの中にはいまだに旧石器時代の誤った情報・治療法があふれている。しかし私たちの命には限りがある。すべての治療を試している時間はない。この本を読むことで〝ドクターショッピング〟(よりよい治療を求めて転々と医療機関を渡り歩くこと)に終止符を打たれ、一日でも早く平穏で幸せな人生を取り戻されることを切に願っている。

『人生を変える幸せの腰痛学校』(プレジデント社)解説 全文
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