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戸籍にまつわる若干のこと 2

(承前)

 前回確認した概念を前提として,記述式不動産登記問題の添付情報一覧から戸籍の証明書を選ぶ実際をみていきましょう。

■ 登記原因証明情報で証明すべき事実とは

 今回問題としているのは相続登記の添付情報としての戸籍の証明書の取扱いですから,登記原因証明情報の証明対象は,当然「相続による権利変動」です。
 しかし,詳細にみていくと,一言で「相続による権利変動」といっても複数の事実が含まれ,いくつものパターンがあります。

 基本パターンである単純な法定相続で証明すべき事実は,①被相続人の死亡,②ある者が相続人であること,③他に相続人がいないことです。
権利又は義務の主体である者が死亡することで相続が開始しますから,①は当然です。
 ②には,ある者が被相続人と一定の身分関係にあることと,相続開始時にその者が現存することが含まれます。
配偶者,親子等の身分関係にない者は相続人になることはできませんし,仮に身分関係があっても相続開始時に存在しない者は相続人になれないからです(同時存在の原則)。
 また,登記手続独自の制約として,共同相続人の1人は自己の相続分についてのみ相続の登記をすることは許されず,常に権利(又は義務)を承継する相続人全員名義とする登記を求められますから,③も必要となります。
 ③は「ないこと」の証明,すなわちある種,悪魔の証明ですから,少々やっかいです。
 ①②は「相続」を原因とする登記には共通のもの,③以降が登記原因である「相続」の内容によって変化します。

■ 単純な法定相続を証する戸籍の証明書(平成25年度)

 上述の①から③の事実を証明するのに具体的にどの証明書が必要なのか。本試験出題事例でみていきましょう。
 平成25年度は乙土地が清算型遺贈の目的となっており,売却換価移転,弁済抹消登記の前提として,法定相続による所有権の移転登記を要する事例でした。
 被相続人は民事二郎,その相続人は妻冬子,兄一郎の2名です。
 添付情報一覧から戸籍関連のものを抜き出すと次のとおりです。

 カからケの「戸籍の一部事項証明書」は「個人事項証明書」と同じ,と考えて差し支えありません。

 コと,ク以外の一部事項証明書は重複する部分がありますが,その重複する部分はかっこ書きによって除かれるというところがミソです。
 前回説明したとおり,戸籍の最小単位は個々人であり,個人事項と全部事項は観念的には切り分けられるということです。
 物理的にどの書面かではなく,書面の内容で観念的に切り分けて考えるわけです。

 まず①の被相続人民事二郎の死亡は,二郎の個人事項で明らかになりますから「カ」が必要になります。

 次に,②について,配偶者は個人事項の婚姻の項に記載されるので,二郎の配偶者が冬子だということは「カ」で明らかですが,冬子が相続開始時にも現存するかや,二郎に子があるかは「カ」だけでは必ずしも明らかにできません。
 冬子の現存を証明するために「キ」が必要になります。

 二郎に子があるかは,最低限でも全部事項証明書(又は戸籍・除籍の謄本)を確認しなければわかりません。
 この問題の相続関係説明図では,二郎冬子には先死亡した子太一がいた事実が示されていますが,太一の妻夏子の存在も示されているため,太一夏子の婚姻時に夫婦の新戸籍が編製され,二郎冬子夫婦の戸籍から,太一は除籍されているはずです。
 太一除籍の旨が直近の全部事項証明書等に載っていればラッキー。直近戸籍には太一の影さえない場合もあります。
改製や管外転籍・分籍等の際には現に効力を有しない事項は移記されないからです。
 会社登記簿が新たに作り直されると,閉鎖事項証明書まで確認する必要が生じることがありますよね。あれと同じです。
 太一除籍の旨が直近戸籍で確認できない場合,除籍謄本や改製原戸籍をさかのぼり,除籍された個人事項から太一夫婦の戸籍をたどり,太一が死亡した時期,さらには太一に子孫(代襲相続の可能性)がないことまで確認する必要があります。

 では,太一の先死亡が確認できれば,二郎には他に子はいないといえるでしょうか。

 そうはいきません。もっと古い戸籍をみれば,ひょっとしたら二郎にはそれ以前に子がおり除籍の旨が記載されているかもしれないからです。
結局,二郎に先死亡した太一以外の子がいないと断言するには,二郎の出生時(最低限でも生殖可能年齢)までさかのぼって戸籍を確認する必要があります。

 相続権を有する子がいない場合,直系尊属が相続人となる可能性が生じますから,父母,祖父母とさかのぼって,相続開始時に生存した直系尊属がいないことを確認できる範囲の戸籍が必要になります。
子(及びその代襲者)も直系尊属もいないとなって,ようやく兄弟姉妹の戸籍となります。
 これも二郎の両親の出生時(最低限生殖可能年齢)までさかのぼって一郎以外の兄弟の有無の確認を要します。
 ここまでが「民事二郎の法定相続人を特定できる」戸籍であり,すべて「コ」に含まれます。
 兄一郎の二郎相続開始時の現存も確認する必要がありますから,「ケ」も必要となり,「カ,キ,ケ,コ」が①から③までの事実を証明できる戸籍の証明書ということになります。

■ 戸籍の証明書を選ぶポイント

 今回は,ある程度具体的にイメージするため,どの書面を確認する必要があるかをみてきましたが,これを試験会場で考える時間的余裕はありません。
 ポイントは,物理的にどの書面かの特定を考えるのではなく,証明すべき事実は何かを想起して,それを証明するにはどの「範囲」の戸籍が必要かを考えることです。

 現実の相続を証する戸籍の証明書類は,1,2通で足りることはほとんどありません。
 場合によっては厚さ数センチの紙束となることも普通にあります。
 さまざまな相続手続をする際に,この戸籍の束をいちいち提出するのが面倒だ,ということが,法定相続情報証明制度が作られた動機の一つになったくらいです。
 それに,戸籍の改製時期は自治体によって異なり,新戸籍編製や転籍,分籍も個々人の事情で異なりますから,具体的な書面の特定は定型的にできるものではありません。
 通常は全部事項証明書として同一書面に含まれる夫婦の個人事項を,わざわざ分けて示している点からも,出題者の意図としても,あくまで証明すべき事実に対応する戸籍の「範囲」を聞いている,と理解するのが妥当です。
(つづく)

伊藤塾 司法書士試験科 筒井一光

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