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それが私のささやかな夢。

初めて夫の家族に会ったのは、夫と交際して数ヶ月が過ぎた頃のことだった。
 
「妹夫婦の新婚旅行にオトンとオカンと兄貴家族もくっついて、みんなでこっちにくるらしい」  
 
そんな経緯で総勢7人、九州からはるばる上京してきた。
 
 
  
一方私の家族は母と兄、それぞれが個人プレーの3人家族だ。
中学生の頃から「3人家族」と言うようになったわけだけど、それは戸籍上のお話で、当初兄は父と暮らしていたため実質上は母と私のふたり暮らしだった。が、それも表面的なもので、母は仕事に明け暮れていたのでほとんど私ひとりで暮らしているようなものだった(というのは、いつかの記事で書いたかもしれない)。

3人での暮らしが再開したのは、私が大学卒業後に4年ほどのオーストラリア生活を終えて日本に帰国してから。同じ屋根の下で暮らしているとはいえ各々異なる生活を送っていたので、3人揃って旅行はおろか、一緒に食事をとったことすら当時から10年遡ってもその回数は片手で足りる程度だったと思う。 
   
だから夫家族の上京する経緯を聞いたとき、その仲の良さにずいぶん驚いた。

夫家族と会った日は、一緒に昼食をとる予定だった。ハチ公前で挨拶を交わしてから地下鉄に乗って移動している間、みんな慣れない土地と人の多さに少し戸惑っているように見えたけれど、ふらっと入ったお食事処で座敷の個室に通された途端、一気に "いつもの" 空気になった。  
 
あたたかかった。  
 
彼らが作り出す雰囲気に、今度は私が戸惑った。眩しくて、なんだか照れくさくて。遠い昔に経験したっきりのあたたかさに、油断すると涙が出てしまいそうな、そんな気持ちになった。自分だけ、場違いのような気がして。
 
居心地が、わるかった。  
 
 
❇︎  
 
 
先日、夫家族とのLINEグループに一通のメッセージが届いた。

「今日で39年経ちました」 

同時に送られてきた写真には、笑顔で並ぶ夫の両親が写っていて、メッセージを見た家族たちが次々にお祝いの言葉を贈った。 
      
 
❇︎ 
 
 
両親が離婚したとき、哀れみの目を向けられることがあった。だけど当の本人はけろっとしていて、実際私は母のおかげで何不自由なく暮らしてきた。そりゃあ一般的な家族像とは少し違っていたかもしれないけれど、少なくとも哀れまれるような生活ではなかったはずだ。
 
うちはうち、他所は他所。片親でもいい、わざわざ家族で一緒に過ごす時間が無くたっていい、ずっとそう思って生きてきた。  
 
けれども妻になり、母になり、気づいたことがある。私は本当は、あの居心地のわるさに、ずっと憧れていたのだと。
  
そして夫の両親の39度目の結婚記念日を祝う写真や、それに対するみんなからのお祝いのメッセージを見て思った。こんなふうになれたら、どんなに素敵だろうかと。 
 
   
 
私は離婚が悪いことだとは決して思わない。 
 
だけど、どうか今目の前にある幸せを、自ら手放すような真似は決してするまいと思う自分がいる。 
  
きっとこれから先いろんなことがあるだろうけれど。 
 
今となっては居心地がよくなったこの空間の中で、夫と、娘と、できるだけ長く一緒に過ごしていくこと。 
 
それが私のささやかな夢。 
   


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