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「歯科矯正治療のUX」を向上させたい。クリエイティブ業界出身の私が、歯科業界で起業する理由。

loo studio 代表の伊藤です。

私たちは歯科矯正患者向けの食品及びプロダクト開発を中心に展開しています。歯科関連の事業を手掛けていますが、looを立ち上げるまで私は10年間クリエイティブ業界だけを経験していました。

歯科業界からは遠い場所にいた私が、なぜ歯科矯正患者向けの商品開発をしているのか。それはひとえに私自身の矯正経験にあります。

2020年頃から歯科矯正をする中で感じた「行き届いていない歯科矯正治療のUX」、治療を始めた当初から「絶対にこの不便を解決するための事業をやってやるぞ!」という決意がありました。

今回は事業を始めるまでの経緯と少しだけ未来の展望についてお伝えしたいと思っています。


矯正生活には、想定外の困難がたくさん。

子供の時から感じる、歯並びへの不思議な感覚

私が歯並びについて意識し始めたのは小学3年生くらいからでしょうか。顎が狭く歯並びが悪かったことは自覚していました。さらに、噛み合わせという言葉は知らないながらも、噛み合わせ(咬合)が整っていないことによって身体全体に影響があることを認識していました。

歯科衛生士のメンバーにこのエピソードを話すまでは、子供の頃からみんなが知っていることだと勝手に思っていましたが、「それは専門的に勉強しないと、あまり知らないことですよ!」と驚かれました……。

例えば、歯並びが悪いから、集中力が続かない。これは、肌をつねると痛い、と同じくらい普通のことだと思ってましたが、そうではないようです。誰に教えてもらったわけではないので、今となっては不思議なことです。

1時間くらい勉強をしていると、ふと集中力が切れたときに「あー歯並びが良くないからかなぁ」とか。綱引きでえいやえいやと精一杯の力を出しているときは「歯並びがよかったら、もっと力を出せるんじゃないか」みたいな感覚がずっとありました。

今では噛み合わせも歯並びも整い、集中力も力の入れ具合も矯正前より明らかに良くなりました。見た目による精神的な側面もありますが、物理的な側面からも矯正によって心地よく生きることができています。

矯正期間中は、生活の主導権がなくなる

治療が終わった今では、歯並びが整い、心も身体も適切なバランスを維持しています。しかし、治療期間中は、本当に本当に大変なことばかりでした。食事がままならず、口内のケアに時間が掛かり、毎月2〜3日間は立ち上がれないほどの歯痛があるなど。

歯科矯正治療についての個人的な体験談は別のnoteで詳しく書いているので、興味がある方はそちらをご覧ください。

デザイン業界にいた当時の私にとっては「歯科矯正治療のUX」は絶望的でした。そして、その気持ちは瞬時に使命感へと変わりました。

自分が現在進行形で体験している課題を解決したい。なんで、矯正中の食事や生活についてアプローチしているプロダクトがないんだろうか。ないなら自分でやろう。

本来であれば、矯正期間中に開発を始めたかったのですが、正直余裕がありませんでした。毎月の歯痛による体調不良、メンテナンスによる時間的拘束、毎月の治療費などなど。当時は毎日を終えるだけで体力が完全に枯渇してしまう状態。

特に、食の変化に耐えられませんでした。私は料理が大好きで矯正前までは、栄養バランスのいい食事を摂り、味付けも自分の好みにして料理を楽しんでいました。リモートワークなので、ランチも毎日自分で作ってました。鉄鍋でパラパラの炒飯を仕立てることに喜びを感じて、半日以上かけて仕込む豚の角煮に興奮を覚えるような人間でした。せいろで蒸した野菜の優しい香りもたまりませんよね。

でも、矯正中はたくさんの食事制限があります。食の選択肢が急に失われてしまい、私にとっては暮らしの中心が崩れてしまった感覚。生活の主導権がなくなってしまったも同然です。

治療のためだからと頭ではわかっていましたが、大きな喪失感がありました。

こういった歯科矯正治療中の課題を解決することを決意し、治療が落ち着いた昨年末から本格的なプロダクト開発をスタートしました。

ひとりでも多くの歯科矯正患者に寄り添って、矯正期間を楽しんでほしい。この気持ちだけで、食品もプロダクト開発も、事業運営すら未経験の状態で歯科業界への一歩を踏み出しました。

歯科矯正は「治療」

歯科矯正治療は、その言葉の通り「治療」。例えば『令和4年度診療報酬改定の概要【歯科】』などの各資料において、厚生労働省は「歯科矯正治療」という言葉を使用しています。

引用元:厚生労働省保険局医療課「令和4年度診療報酬改定の概要 【歯科】」

一方で、やはり審美的要素の側面もあります。実際に上述の厚生労働省の資料にも記載がありますね。

歯科矯正治療は不正咬合(歯並びが悪い)患者に対する治療であるが、咀嚼機能の改善と同時に、審美的(美容的)要素も大きいため、原則的に保険給付外となっている。

出典元:厚生労働省保険局医療課「令和4年度診療報酬改定の概要 【歯科】」

これは、実際に審美性を求める方が多くいること、そして治療社以外の一般の方が審美的側面以外の効果を認知していないことが原因だと考えています。

治療であれば「治療中だから大変だね」と周りからのサポートも受けやすいと思いますが、美容と認識されてしまうと「好きでやっていることだよね」という空気にならざるを得ません。実際、私の矯正期間中も治療後の有給を取ることや、治療による滑舌の悪さが理解されない時もあり苦労しました。

患者本人にとっては、歯科矯正は「治療」として実施している方もいます。「集中力が上がりそう」「もっと力が出せるのでは?」と矯正以前に主観的に考えていたことも治療の文脈です。また、歯科矯正治療後は歯磨きの精度向上などが理由で歯周病予防の効果もあります。「歯周病」は全身疾患との関連性が高い(*)ことが指摘されています。

引用元:歯周病と全身疾患の関連, 化学と生物

つまり、間接的ではあるものの、私にとっては歯科矯正治療では複数の全身疾患を予防する側面もあると考えています。

(*)参照:山崎 和久, 歯周病と全身疾患の関連, 化学と生物, 2016, 54 巻, 9 号, p. 633-639, 公開日 2017/07/20, Online ISSN 1883-6852, Print ISSN 0453-073X, https://doi.org/10.1271/kagakutoseibutsu.54.633,

クリエイティブで、歯科矯正の課題解決を。

趣味の料理や食事が制限されることで、生活を楽しめなくなってしまった私は「なんで高いお金を出してるのに、こんなに沢山の我慢をしなきゃいけないんだ…」と治療への不満がふつふつと湧いてきました。

当初は不安として表出した感情ですが、ある日ふと頭に浮かんだことがあります。「不満があるなら、自分で解決すればよいのでは?」と。

これは、クリエイティブの仕事と同じでした。

伝わりやすい表現をしたい、使いやすくしたい、印象的に見せたい。そんな課題を解決するための手法としての「デザイン」があります。

どんな状態のときも、人は心がときめくことで、ちょっぴりと体温が上がると思うんです。心が動き、心拍数が上がり、血流が良くなって、体温もわずかに上がる。すると、なんだか身体全体の調子も良くなってきます。そんな心の動きを捉え、表現することがデザインの役割のひとつ。

そして、矯正期間中の課題にも、デザインが入り込む隙間があるのではないか? と考えるようになりました。

お気に入りのマウスピースケースを持っていれば、そのケースを見る度にちょっと心がときめいたり。飲食店でマウスピースケースを人に見られる恥ずかしさも解消されます。お気に入りなので忘れることもありません。

矯正中の人でも安心して食べられる商品があれば、食事が楽しくなります。少し変わった味であれば、ランチでみんなと一緒に料理にワクワクできる。

こういった矯正グッズをギフトとして贈れるようになれば、矯正中の楽しみを患者以外の方とも共有できます!

「治療」は歯医者さんの専門分野ですが、治療中の「生活」であれば自分の経験をいかせる領域だということに気づき、事業の準備に取り掛かりました。本来であれば、自分がワイヤーを装着している時期にサービスローンチを目標としていましたが、矯正中の体力だと進みが遅く2024年1月にやっとホームページを公開できました。

「loo」ホームページ

その後、歯科クリニック向けマウスピースケースのブランド「linqüe」、歯科矯正患者向けのwebメディア「歯科矯正の暮らし白書」をミニマムでサービス公開しています。歯科矯正患者向け食品ブランド「TeethSpoon」も必死に事業を進めてはいますが、サービス公開には時間がかかりそうです。

「linqüe」サービスサイト

まだまだ公開したばかりのサービスや準備中のものもありますが、一歩ずつ一歩ずつ前進しています。100人以上の歯科矯正患者にヒアリングをしたり、お客さんの歯科クリニックさんを訪れる中で応援の声をいただくことで続けられています。

応援に応えるためにも、今日も目の前の課題に一つづつ取り組んでいきます。各事業の進捗はその都度noteでご報告できればと思います。

歯科業界の未来に向けて、挑戦したいこと。

ここからは未来のことについて、少しだけ。

歯科業界全体へのアプローチ

数年前までの、歯科業界は飽和状態にありました。技術はある程度確立され、矯正治療などの審美治療も特殊なものは除き、治療を受けられる場所は多くあります。ただ、その一方で、歯科医院ごとの差別化が難しくなります。いわゆる技術のコモディティ化です。

ただ、昨今は飽和を抜け出し、次のサイクルとなる黎明期へと入りかけています。矯正治療では「インビザライン」などのデジタル技術の進化が治療数としても顕著に上昇しています。また、歯科クリニック向けのSaaSとして経営/業務改善ツールが普及し始めています。

技術の浸透はエンタメが先行し、その10年後にビジネス領域に広まる。という話をよく聞きますが、ビジネスの次に医療へと広がっていくのではと思っています。

エンタメ→ビジネス→医療へのデジタルの浸透。

そして、これの流れは、デジタルだけではなく、クリエイティブでも同様の傾向です。

こういった前提で考えた時に、歯科矯正だけではなく歯科業界に対して私たちができることは沢山あります。この場で話すと長くなってしまいますが、矯正だけではなく歯科業界へのクリエイティブとデザインの浸透を進めることを、未来の私たちのミッションに掲げていきたいです。

オーラルケア用品のポテンシャル

歯科の医療とは別の文脈で、一般商材としてのオーラルケア用品についてもクリエイティブで面白くしていきたいです。

例えば、歯磨き粉は最近おしゃれなパッケージを目にすることもありますが、それでも選択肢は限られています。マウスウォッシュやホワイトニングキット、他にもタフトブラシや電動歯ブラシ、歯ブラシスタンドなども同様に市場における商品のバリエーションはわずかしかありません。

ただ、オーラルケアは今後コスメ領域としてのポテンシャルがあると感じています。

デザイン性も機能性も高いヘアアイロンのような、インテリアとしても違和感がない電動歯ブラシ。化粧品ブランドの多くが展開しているリップクリームのような、ライフスタイル層向けの歯磨き粉やマウスウォッシュ。また、現状わずかしかないオーラルケア専門ブランドの増加も近い将来に起こり得ます。

長い時間軸での、歯科の魅力

歯科やオーラルケアに共通する魅力は、「治療(健康)」と「美容」の両文脈に訴求ができること。歯科矯正治療も「治療」と「美容」の間の存在として認識されることがあります。これは美容目的の潜在層に対して、治療という口実を与えることができます。もちろん逆もしかり。

ただ、今はまだ「治療」と「美容」が離れた場所にいるので、歯科全体の魅力が十分に理解されていません。まさに業界全体として、ブランディングの余地が膨大にある状態です。

私たちlooのようなクリエイティブの人間が歯科領域に少しだけ入り込むことで、歯科全体がもっともっと面白くなっていくのではないかと思っています。もちろん、その過程においては医療業界との協業や連携など、丁寧に進捗させていくことは大前提にあります。

未来の目標をあえて誇張して伝えるなら、歯科業界のアップデート。この目標に向かって、まずは「歯科矯正治療のUX改善」に集中しているのが現在地です。

歯科に関わる生活価値の向上が実現できれば、治療への心理ハードルが下がり、ひとりでも多くの人が健康で幸せになれる。クリエイティブの知見をいかし、そんな世界を現実にするために、私たちは存在し続けます。

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