歯科矯正患者のQOLのリアル|歯科矯正治療を経験した私が感じる課題と希望の話
歯科矯正患者向けのUDF(ユニバーサル・デザイン・フード)の開発を中心に「歯科矯正患者のQOL向上」をミッションに活動するloo studio代表の伊藤優汰です。
今回は私たちがミッションに掲げる「矯正患者のQOL」について、具体的な話をしたいと思います。
QOL向上をミッションにしている、ということは現状QOLが低いということです。では、生活のどんな場面で質が低くなってしまうのでしょうか。私の経験からお伝えします。
歯科矯正治療は医療全体と比較するとその歴史は決して深くはなく、まだまだ未成熟の分野だと感じています。最近ではデジタル技術を活用したマウスピースケース治療も増えてきているので、今回はあくまで一個人の意見として、歯科矯正患者の不自由さや生きづらさについて共有したいと思います。
もし周りに歯科矯正治療をされている方がいるのであれば、少しだけ気にかけていただけると嬉しいです。そして、この記事の内容はネガティブな側面だけではく、今後解決していく課題として捉えることで、社会がより豊かになっていくために、理解を広げる必要があると考えています。
例えば他の誰でもない私自身が、矯正期間中の不自由な中で「こんな商品が形になったらいいのに!」という気づきがきっかけで今の事業をはじめているのです。
前提:治療方法による違い
今回の記事は個々人による認識の違いが発生しかねない内容なので、前提を整理します。以下、私の治療プロフィールです。
治療方法:ハーフリンガル治療(*1)
治療時期:2020年〜2022年(*2)
他プロフィール:1995年生まれ、半分リモートワーク環境、都内在住
(*1)いわゆるワイヤー治療と呼ばれるもののひとつです。下側は裏、上側は表のワイヤーを入れます。
(*2)ワイヤーを入れていた期間です。2024年現在は保定期間です。
他にも紹介すべきプロフィールがあればコメントなどでお伝えください。随時、この前提の精度は高めていきたいと思います。
矯正中に感じた不自由さ
さてさて、ここからが本題です。
歯科矯正治療をはじめるときは全く検討が出来ていなかったことですが、少なくとも2年間は様々な場面で不自由さを感じました。
というのも、やはりなにかを新しく始める瞬間というのは対象の良い部分だけを好意的に受け取ってしまう傾向にあるのかもしれません。あらかじめクリニックからの説明はありましたが「大丈夫、大丈夫。歯並びが良くなるんだったら治療をやるよ。」とかなり楽天的な気持ちでした。
もう少し慎重になっていればと後悔している一方で、とはいえ歯並びを整えるのであれば一定量は耐えなければいけないものでもあります。私の経験談は、あくまでも「矯正治療中の不自由さ(=歯科矯正治療)をどの人生全体のどの時期に経験することが、ストレスを最小限に抑えれるのか」の判断材料になる程度です。
歯科矯正によって歯が動く原理というのは、わりとシンプルで力を掛け続けることによって歯並びを整えること。つまり、矯正期間中は常に、歯がワイヤーに押されている感覚になります。
もちろんワイヤーをつけることによる「見た目」や「物理的な痛み」も要因ではありますが、矯正患者以外に伝わりづらいのが「歯に掛かる力」による体調の不具合です。そして、おそらく不具合というのに個人差が発生していると思います。
こういった要因によってどんな不自由さがあるか、場面ごとに紹介します。
(1)食事全般が困難過ぎる
食べれない物が多い
ワイヤー治療の個別課題として食事があるのかと思います。マウスピースケース矯正であれば、食事中はマウスピースを外すことができるので。
矯正器具をつけたまま食事で気にかけることは、2つあります。
(1)矯正器具がはずれてしまうような「硬い食べ物」は口に入れない
(2)虫歯のリスクが高まるために「繊維系の食べ物」も可能な限り避ける
具体的にはせんべいやナッツ、板チョコも「硬い」に含まれます。「繊維系」は青菜野菜全般や、肉や魚も形状によっては避けたいです。
もちろん(2)は食べれないわけではないのですが、食後の歯磨きにかなり時間を使ってしまうので基本的には避けて生活をしていました。繊維系を食べた後の歯磨きは少なくとも15分は必要です。
また、お餅やハイチューなどの粘着性があるものも矯正器具が外れる原因になるので制限されてしまいます。
シンプル食べづらい
食事、これはワイヤー装着による物理的な問題です。歯の表面にワイヤーがある状態で食事をしなければならない。ワイヤーの間にものが挟まります。特に、繊維系は挟まるというよりもぐるぐるに絡まります。挟まったり、絡まったり、一度の食事だけでも本当に大変です。
また、時期によっては奥歯のかみ合わせ調整のために、奥歯に詰め物が入っていて、奥歯でしか噛めないこともありました。これは確か、矯正当初の3-4ヶ月の期間。矯正前までは奥歯以外をつかって噛んでいたので、食事のスピードが格段に下がりました。大げさではなく2倍以上の時間を掛けて食事をしていました。
外食は危険がもりだくさん
住み慣れた家での食事でさえ困難がたくさんあるのに、外食となればもう想像するだけで辛いです。
例えば、初めてのお店でパスタを頼んだときに風味付けに荒く砕いたナッツが入っていましたが、矯正器具が外れる危険性があるので、すべてのナッツを取り除いたり。食後の歯磨きも念入りにしたいのですが、手洗いの洗面器が小さくて歯磨きが大変だったり。食事のスピードも遅いので、周りに気を使って少しでも早く食べようと頑張らないといけない…。こういった状態では、食事を楽しむことからは程遠いです。
特に平日の昼休みに「ご飯食べに行こうよ」という話になると「何を食べに行くんだろう」「食べられないものかもしれない」と考えて、遠慮してしまうことが多かったです。週末のご褒美で、という食事であればメッセージのやり取り中にやんわり断ることもできますが、それでも仕方なく外食しなければいけない場面が何度かありました。
栄養不足と健康
食事の課題は1日単位では、痛みや不便の問題になります。ただ、1年以上もこの課題が連続することで栄養不足や健康の問題へと発展していきます。僕自身は野菜不足が顕著で常にお腹を下している状態、肉などのタンパク質も摂取量が減ってしまい免疫が下がっている状態でした。
過去100人以上のユーザーインタビューにおいても、ほとんどの方に栄養不足による症状が見られます。症状や程度は個人差があり、肌の調子が悪くなったといったものから鬱状態といったものまで。症状の差はあれど、栄養不足による健康への影響があります。
ふう、ちょっとあれですね。ネガティブな話ばかりになったので、目指す世界の話をします。今後もっと矯正がカジュアルなものになって、現在開発中の歯科矯正患者向けのUDF(ユニバーサル・デザイン・フード)が一般に広がれば「矯正患者対応」として飲食店と協業していきたいです。矯正患者が食事を「楽しめる」世界をつくっています。
(2)痛みによる体調不良
「調整期間」という大敵
ワイヤー矯正の治療を少し詳細にお伝えすると、ワイヤーで締め付ける力の度合いを毎月上げていきます。毎月毎月、少しづつ歯へのストレスを強くかけていくことで、歯が動くスピードが早まります。だからといって、最初からストレスを掛け過ぎると、その痛みに身体が耐えれなくないほどになってしまうので、少しづつという流れなのだと説明がありました。
こういった工程によって何が発生するのが「調整期間」です。毎月、ストレスを強める日から数えて3〜7日間、強度が上がったストレスになれるための期間です。調整期間中は前回よりも強い力が歯に掛かるため、歯の鈍痛から全身の倦怠感など個人によって不調が発生します。
特に、私の場合は調整後の3日間は常にベッドで横になるほどの痛みが身体の節々にありました。歯から全身の骨に鈍痛が伝播しているイメージです。そのため、できるだけ調整日は金曜日に予約をして、土日に調整期間をもってくるようにしていました。
しかし、どうしても調整日の都合がつかない場合は翌日会社を休まざるを得ません。
調整期間中の食事
先述の食事の項目では書いていなかったことが、調整期間中の食事です。矯正期間中はデフォルトで食事への困難がある状態なのに、調整期間ともなるともう何もできません。
調整期間の痛みの特徴として、上下の歯と歯が少しでも触れただけで、痺れるような痛みがあります。つまり、調整期間中は歯を使って食事ができないんです。基本的にはゼリー食で済ませるか、味噌汁などの汁物をミキサーにかけて、歯に触れないようにスプーンで喉の奥まで運んで飲み込む。今思い出してみると、よく最後まで矯正をやりきったなと誇らしく感じるほどに辛い日々でした。
(3)生活の節々の不便
歯磨き
食事の項目でも少し触れましたが、歯磨きについては毎日のジャブがきいてきます。調整期間中の食事の我慢から抜け出し、自由にご飯を食べれると思い込む瞬間が多々あります。
調整期間で歯が痛くて食べれなかったので、その痛みがなくなったから何でも食べれるんだ!と意気込んでしまうと大変。食べれはしますが、その後に「歯磨き」が待っています。
矯正前であれば歯磨きなんて、大したことではありません。電動歯ブラシを歯にあてて、5分もすれば終わっています。でも矯正中はワイヤーに絡まった細かい食べ残しを丁寧に取り除く必要があります。
私の場合は以下のような手順で食後に手入れをしていました。
・硬めの歯間ブラシでワイヤーの間に詰まった大きな食べ残しを取り除く
・ワイヤーがない側の歯を電動歯ブラシでみがく
・ワイヤーがある側の歯を毛が細めの一般的な歯ブラシで磨く
・歯ブラシでとれなかった汚れを歯間ブラシでもう一度そうじする
・最後にマウスウォッシュで仕上げのうがい
少なくとも昼と夜はこの手順で毎回15分は使っていました。朝ごはんはヨーグルトかバナナにしていたので、歯間ブラシの工程を節約できます。が、それでも毎日の歯ブラシだけで45分、その他矯正中はワイヤー自体の手入れもあるので1時間は歯のために必要になります。
生活に介入する矯正グッズ
矯正期間中は歯ブラシ、歯間ブラシ、マウスピースケース、顎間ゴム、ワックスなど、生活の中で使用する治療関連用品がたくさんあります。矯正の時期によってもその種類が異なるので、整理するだけでも一苦労。
普段から大きなカバンを持ち歩いている方にとってはあまり気にならないかもしれませんが、荷物をできるだけ少なくしたい私にとっては億劫でした。
また、少し違う視点から見てみると「持ち運ぶ量」よりも「持ち運ぶ物への愛着」みたいなものが要因な気もしています。文房具なども自分のお気に入りのものであれば何もハードルはなく持ち運べますが、矯正関連の物は選択肢がありません。
ワイヤーを装着しているところを見られるのが少しだけ恥ずかしい気持ちになるのと同様に、矯正グッズを見られることが恥ずかしいから持ち運ぶことが億劫になるのかもしれません。
外出以外でも、身の回りにこれらのあからさまな治療グッズが増えていくことは決して気持ちいことではありません。数日間ではなく、2年間もこの味気無いアイテムが生活の中に入り込みます。
大した問題ではありませんが、私はこのことも少なからず歯科矯正患者のQOLに関連していると考えています。
一番の不自由は、伝えられないこと
ここまで矯正患者にとっての不自由さについて、個人の経験をもとに書いて気づいたことがあります。
それは「結局一番の不自由は、伝えられないこと」なのかも、ということ。
矯正経験者同士が集まると、お互いの矯正中のエピソードや不便なことを伝え合うことで、とても楽しい気持ちになります。これは裏返すと、矯正を経験している人同士でしかわかり会えないから、矯正経験者以外に共有し合うことができていないのかもしれません。
調整機関の歯痛で会社を休むときも上司からの理解がなかなかもらえなかったり、食事を断るときもなぜか引け目を感じてしまったり。
冒頭で書いたように、矯正治療自体がまだまだ歴史が浅く、日本では特に歯並びを整えるための審美治療として認識されることが多いです。そういった理由もあり、当事者自身も「好きにやってるものだから…」「数年で終わるから今は耐えよう…」といった心境になりやすいのも事実。
ただ、歯並びやかみ合わせを整えることは見た目以上に重要なことです。歯科矯正者への理解が広まることで、矯正患者自体の数が増え、ひとりでも多くの人が長く幸せに生きれる世界へとつながります。少なくとも僕はそう信じています。
だからやる
ここまで読んでくださった方には歯科矯正患者のQOLの現状について、少しでも理解をいただけたのではないかと思います。長々と退屈な文章になってしまっているかもしれません。また、不満を垂らしているだけの文章と捉えられてしまっても不自然ではない内容でした。
ただ、一つだけ言えることがあります。それは、だからやる、のです。
looとして今は事業の準備期間にあるので、まだまだ世の中に出せていない矯正関連の商品やコンテンツがたくさんあります。食品、メディア、プロダクト、各事業で素敵な仲間たちに恵まれて土壌は整っています。あとはやるだけの状態。
矯正関連の商品に選択肢が広がり、弊社だけではく他社の方たちからも商品が発売されれば、多様性が生まれていきます。商品の多様性は共感数の増加につながり、矯正を軸としたイベントやコミュニティなど、ムーブメントのうねりのようなものが発生する。さざ波のような小さな伝播であっても時間をかけてゆっくりと、しかし着実に歯科矯正が社会へと浸透していく。
私自身、矯正治療を経験したからこそ、心の底から歯科矯正を広めたい。そのためには一歩ずつ一歩ずつ、前進していきます。矯正期間は大変なこともありますが、我慢の期間を楽しめる期間に変えていくために、一歩ずつ一歩ずつ前進していきます。
そこに課題がある。だからやる。
歯科矯正治療の経験は個々人によって大きく異なる側面があります。looが運営する「歯科矯正の暮らし白書」では、多様な方の矯正経験を取材することで偏りのない情報発信を心がけています。伊藤以外の矯正経験を掲載していますので、ぜひご覧ください。
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