ひらが58

小説屋⑤ 平賀円内

 新刊「君に届かない」には、この「小説屋 平賀円内」が収録されている。今回、収録するにあたって、細部にわたって、全面的な加筆・修正を行い、それに合わせて、すでに掲載されているこの作品も更新した。

 これが「君に届かない」に収録されている「小説屋 平賀円内」である。
 なお、ここに載っているまえがきは、「君に届かない」には、収録されていない。

 よろしくお願いいたします<(_ _)>

               *

 郵便小説を書いて、販売している。
 郵便小説とは、封書で、あなたのポストに紙に書かれた短編が直接ひとつ届く。そういう小説である。
 現在⑤まで続いている。
 本よりも、さらに小さな単位で、読者に小説を届ける。マスではなく、個へ。より小さなコミュニケーションへ。
 外国映画などで、書簡に封印したあと、蠟で、印を押すシーンが出てくる。
 シーリングワックスというのだが、購入者にはそれを押す。
 今回、投稿するのは、郵便小説⑤、「小説屋⑤ 平賀円内」である。

 郵便で届く(紙が届く)のが趣旨なので、ネットで読めてしまっては、興味が半減してしまうおそれがある。
 あるいは、意味が消え失せてしまうかもしれない。

 ただ、この「小説屋⑤ 平賀円内」は、題材がネットで小説を書く人間をめぐる物語で、題材がネットと親和性が高い。
 また、郵便小説というが、そこには、どんな小説が書かれているのか、そのサンプルとして提示するのは、それなりに意味があるかもしれない。
 そのように考えて、今回投稿することにした。
 料金は、郵便小説と同じ金額に設定した。すぐに読める良さもあるが、その文章が(郵便で)届くまで待つ良さ(どきどき感とか、わくわく感とか)も(きっと)あると思う。
 興味を持たれたら、めがね書林で販売しています。
 よろしくお願いしますm(__)m

 なお、小説屋シリーズは、それぞれ独立した短編です。

      https://meganeshorin.thebase.in/


                *


 
 この春、小説屋をオープンした。小説屋とは、アイデアがあって、小説を書きたいが、さまざまな事情から書けないでいる人からアイデアを譲り受け、その話をベースに小説を書く商売である。
 商売なので、料金が発生する。私の著作権は、放棄する。ただし、これはあくまで私的な使用に限り、もし商業雑誌等に発表する場合は、別途、取りきめをしたい。
 原稿用紙の枚数は、アイデアの大きさや数によるが、目安は10枚だと考えている。それくらいの長さが、ちょうどよいのではないか。それ以上の枚数になると、サラサラとは書けないからである。発注から納期の期間にもよるが、お客さんをそれほど待たせないで、完成する。それが10枚、と私はみている。
 お客さんがその小説を気に入らなかった場合は、どうするか。その小説のアイデアはお客さんのものである。だが、書いたのは、私だ。そのときはそのとき、考えたい、と思う。
 そんな商売が成り立つかどうかは、未定である。とりあえず、やるだけはやってみようと考えている。
 次に発表する小説は、いま説明したプロセスにのっとり、書かれたものだが、お客さんからノーの返事をもらったものである。いい訳めくが、作品のできばえそのものではなく、個人的な嫌悪感ということだった。どこに嫌悪を覚えたのかはわからない。それこそ個人的な経験に根差したものなのだろう、と私は思っている。
 料金はもらっていない。アイデアを提供したお客さんから好きに使っていいといわれたので、ここに発表することにする。


     🖊

「小説を読んで感動しました」
 ある日、こんなメールを受け取った。
 私は小説家である。数作、書いている。だから、見知らぬ人からのこういう感想は、いつだってウェルカムである。嬉々として返事を書きたくなる。
 問題は、たった一つ。私は、まだ、小説を発表していないのである。

 私はたしかに小説を数作、書き終えている。それは間違いない。だが、作品のクオリティに納得できていなくて、発表していないのである。一作もだ。完成原稿は、私のパソコンのなかである。誰も読んでいない。私以外は。
 インターネットで発表する気でいる。だから、数多くある小説サイトの、主要ジャンル傾向を比較し、私の小説が好まれそうな小説サイトを厳選して、決定した。そのアカウントはすでに取得している。だから、完成原稿を投稿しさえすれば、いつでも発表ができる。一秒もかからない。自分の小説が世間にどのように読まれるのか、わからないので、作者的には緊張し、息詰まる瞬間ではある。だが、手続きは簡単だ。
 さらにいってしまえば、エッセイもコラムも発表していない。いくつか下書きはしてある。だから、ストックがない訳ではない。ただ、小説と同じ理由で、納得がいっていない。私は、私のなかでは小説家だが、世間的には知られていない。存在していないも同然なのだ。
 それなのに、私の小説を読んで感動しました、とはどういうことだろう。

 私は三年目のアルバイトである。
 大学を卒業してから、就職をせず、大型書店のアルバイトに応募した。理由は単純で、本が好きだったからだ。他意はない。やってみたら、意外に重労働だということがわかったが、それは別の話だ。
だが、書店員は、仮の姿だと思っている。本業は小説家である。さなぎから蝶になるように、いつの日か、小説が売れて、作家になれる日がくる、と信じている。

 メールを送ってきたのは、未耳という名前だった。メールアドレスは、mimimi@。あちこちでメールアドレスを漁って、無差別にメールを送りつけているのだろうか。小説を読んで感動しました、と? あり得ない、と思う。そんなことをして、得になることは、何もない。たまたま(未発表の)小説がある私に送られたというのは、偶然にしては、できすぎである。トラップが仕掛けてある迷惑メールの一種なのかもしれないが、出会い系とは、本質的にちがうもののような気がする。金銭授受の記述がないし、アダルトサイトへの誘導もない。
 私が小説を書いていることを知っている人間は、誰だろう。
 思いめぐらせば、私はあちこちで小説を書いていると吹聴している。自慢している訳ではない。事実をいっているだけだ。ただ、中身については口にしていない。まあ、じっさいに発表していないのだから、聞かされるほうは、話半分にしか聞いていないと思うけれど。アルバイト先の同僚にもいっている。先日の飲み会でも、私は、たしか口にした。今度、読ませて下さいよ、とアカリちゃんにもいわれたばかりである。
 アカリちゃんは大学の文学部の二年生で、小説好きだ。でも好きなジャンルがラノベなので、私が書いている小説とは、明らかに領域がちがう。好みの領域がずれている読者に小説を見せるのは、どうなのだろう、と思っている。ひどいことをいわれる可能性があるからだ。第一印象が大事である。その感想いかんによっては、その小説ばかりではなく、今後の私の小説の方向性まで決まってしまうかもしれないからだ。正直にいおう。私は臆病で、自信がないのだ。だからこそ、ナーバスになっている。脆弱な自尊心が風船のようにパンパンに膨れ上がって、身動きができなくなっている。だから、発表できない。発表することにためらいがある。
 アカリちゃんは、かわいい。間違いない。これは、仲良くなれるチャンスではないか。だから、とても残念なのだが、背に腹は変えられない。アカリちゃんからひどい評価を下されたら、と思うと、いてもたってもいられない。胸がざわざわする。私は、きっと立ち直れないだろう。
 私はアカリちゃんの申し出をなくなく断った。
「いいじゃないですか、読ませたくないっていうんだから、アカリさん。先輩は、おれたちのことなんか、読者として眼中にないんですよ。ガンチュウって、虫じゃないですよ」
 それをいったのは、無尽蔵という男だ。くだらないダジャレが得意で、一人で悦に入っている。大学一年生である。見ためがいいので、アルバイトの女の子たちにちやほやされているようだが、いけ好かない。

 未耳は、小説を読んで感動しました、と送信してきたが、小説のタイトルは書いていなかった。
 でも、それは、私のどの小説を読んで感動したのか、未耳にメールで問い合わせれば、解決する話ではある。未耳が嘘をついているのでなければ、答えは、ネットのなかにある。自分で、できることはなるべくしておきたい。私は、調査してみることにした。
 ネットで、検索してみたが、私のいくつかある小説のタイトルは見つからなかった。時間をかけて、もう一度、丁寧に検索語を変えたりして捜してみたが、やはり見つけられなかった。念のため、私の名前でも、検索をしてみた。なかった。これで、すべてははっきりとした。未耳は、私の小説を読んだ訳ではないのだ。私の小説じゃない何かを読んで、私の小説だと勘違いしたのだ。私は落胆したような、安堵したような、何だか微妙でかなり複雑な気持になった。
 ただ、私のメールアドレスに、どうして小説を読んで感動しました、といううれしい誤解のメールがくることになったのか。そして、私のメールアドレスが、どうしてネットに堂々と公開されているのか。
 その謎は、解決されていない。

 休憩時間、アカリちゃんからランチに誘われた。珍しいことだ。というか、初めてのことである。もちろん、断る理由はない。
 職場近くのおしゃれカフェだった。プレートに載ったランチで、コーヒーまでついてくる。スパムとアボカドのカフェごはん。自慢じゃないが、昼食は、コンビニ弁当か、カップラーメンですませることが多い。というより、ほぼほぼその二択ですませている(本当に自慢じゃない)。女子ランチがまぶしい。
「無尽蔵さんのこと、どう思います?」
 プレートをきれいにたいらげ、コーヒーを飲んでいるとき、アカリちゃんが尋ねてきた。
「仕事ぶり?」私は聞き返した。
「いえ、そうじゃなく」
「というと」
「彼女がいるかとか」
 なるほど、そういうことか。アカリちゃんが私を誘った理由のおおよその見当がついた。
「いるんじゃないかな。よくわからないけれど、モデル並みの容姿だから」
 私はわざと皮肉めいたいい方で、返答をした。
「その質問に答えるには、ぼくは適任じゃないと思うけれど。彼とは、それほど親しい関係な訳でもないし」
「無尽蔵さん、ちょっと謎めいているっていうか、親しい人っていないでしょう? 女の子はかまってほしくて、よく話しかけているのに、はぐらかすというか、適当にごまかされる。本当のことをいわないっていうか」
「そうだな。韜晦している空気感はある」
 私は考える。無尽蔵は、女の子にモテる。それは感じていたが、それ以上、立ち入って考えたことがなかった。考えたくもなかった、というのが、実際のところである。ただ、それは、たしかに、女の子たちが無尽蔵の周囲に集まって、ミツバチのように勝手にちやほやしているだけである、ともいえる。無尽蔵自身は、そのための努力をしていない。休憩室にいるとき、一人で読書している。
「聞いてくれませんか」
 アカリちゃんがいった。
「え。何を?」
「つきあっている人がいるか、どうか」
「ぼくが?」
「頼まれたのです。お願いします」
「誰に」
 アカリちゃんは同僚のアルバイトの女の子の名前を口にした。本当だろうか? 知りたがっているのは、じつは、アカリちゃんではないのか。こういう場合、真実はどれなのだろう。
「ところで、『三月蛙』はどうなりましたか?」
 アカリちゃんは口にした。唐突だった。私のパソコンの奥にひっそりとしまってある小説のタイトルである。
「え。え。ど、どうして知っているの?」
 タイミングがタイミングでもあり、私は動転する。
「酔うと、自分でいっているじゃないですか。これは、最高の小説なんだって、自画自賛している」
 アカリちゃんは、露骨に呆れたような表情になった。
 私はたじろぎながら、奇妙な感覚をあじわっていた。血の気が引いていく、とよくいうが、まさにあれである。恥辱の塊。穴があったら、入りたい。どこまでいっても底のない地獄のような暗く狭い穴に。その穴のなかで叫びたい。獣じみた呻き声をあげて。
「そんなことを、ぼくは、どこでいっていたっけ?」
 アカリちゃんはちょっと考えるといった。
「直近では、そうそう、忘年会ですね。社員さんがいる前で、いっていましたよ。いいえ、宣言していました。あれは、宣言です! 小説のタイトルといっしょに。書店員ですから、みんな興味、持っていますよ」
 未耳の正体の片鱗に触れた気分だった。ということは、未耳は、職場の誰かかもしれない、ということでもある。でも、ああ、どうでもいい、そんなことは。酔っぱらって、そんなことをいっていたとは。過去、飲み会で、記憶を失ったことが、何回かあったのだ。私は思い出す。たしかに忘年会もそうだった。ああ、死にたい。死にたい。死にたい。
「ネットにアップするッ、ってジョジョ風にいっていましたよ。私、読みますから、教えて下さいよ。レヴュー、書きますよ。サイトは何ですか、『なろう』ですか、『カクヨム』ですか? で、話は戻りますが、無尽蔵さんの彼女さんのこと、聞いてくれますよね? ね?」 
 
 アカリちゃんに半強制的に、無尽蔵に彼女がいるかどうかをたしかめる約束をさせられて、このランチは終了した。

ここから先は

2,712字

¥ 300

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

サポートをいただけた場合、書籍出版(と生活)の糧とさせていただきますので、よろしくお願いいたしますm(__)m なお、ゲストのかたもスキを押すことができます!