見出し画像

「今日の小幸せ」

 イラストレーター、エッセイストの上大岡トメさんに「今日の小幸せ」という本がある。
「幸せ!」と大きな声で言えるほどのことはそうないけれど、「何かうれしい!」くらいの「小幸せ」は、日常生活にいっぱいある。それを書きとめた、という本である。
「小幸せ」が一つでもあれば今日はいい日だった、と思って眠りにつこう、と書いている。
 上大岡トメさんは、読者にも自分が出会った「小幸せ」を日記のように書きとめておくことを提案する。
 自分が落ち込んだとき、読み返して、ああ、こんなことがあったんだ、これってささいなことだけれど、幸せだよね、とポジティブな気分になる。これを「小幸せ」体質と呼んでいる。
 私には、大きな幸せはないけれど、「小幸せ」ならば、ある。それを書いてみよう。
 たいていの読者には興味がないと思うけれど。

 私は年中、古本屋をめぐることを趣味としているが、捜していてもなかなか出会わない本がある。そのうち捜していたことすら忘れてしまうほどだ。わりと図書館も利用しているので、そこで読んだりしているので、ある程度、その時点で、満足はしているのだが、気に入った本はできるだけ持っていたい人間なので、やや、ややこしいことになる。
 先日、ひょっこり古本屋の軒先で見つけた。百円棚である。発行は1987年。すでに30年以上が過ぎ去っている。

 河原晋也遺稿集「幽霊船長」

 詩人鮎川信夫さんを師匠と呼ぶ著者の遺稿集である。遺稿集。そう、その時点で、著者は亡くなっている。
 鮎川信夫さんはエポック・メイキングな戦後の詩誌「荒地」派の詩人。田村隆一、北村太郎、中桐雅夫などの戦後詩の詩集、関連本をまとめて読んでいた時期があり、この本は、鮎川信夫さんが亡くなってから知って読んだのだ。
 この本の鮎川信夫さんをめぐるコラムがめっぽう面白い。
 この本によると、鮎川さんは、極端な秘密主義者であり、近親の数人を除いて、自分の連絡先を知らせなかったという。最初は鮎川さんの母を通して、その後は甥を通してしか連絡が取れなかった。長年の親友ですらそうだった。自宅にいたっては連絡先の甥にすら寄せ付けなかった、と書かれている。
 ここまでくると、隠遁者のようなものだろうか。J・D・サリンジャーのような。
 まあ、そんな鮎川さんの私生活が書かれたエッセイ集で、手元に置いておきたいと思ったのだった。人物として興味深い。
 しかも古本の値段が100円。おお、「小幸せ」だ。

 と思って、いま、Amazonでこの本を検索したら、「中古品: ¥11」と出ていた。ぎゃふん。

この記事が参加している募集

サポートをいただけた場合、書籍出版(と生活)の糧とさせていただきますので、よろしくお願いいたしますm(__)m なお、ゲストのかたもスキを押すことができます!