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レポート | 2024年6月のいとち | 自分の依って立つ領域を抜け出してみる

徐々に蒸し暑い日が多くなってきました。私たちの拠点のある鹿島町久保地区は、「久保」という地名が示すように周囲を小高い里山に囲まれた「窪地」です。山から水が流れ込んでくる地形であり、もともとは田園風景の広がる地域でした。田畑を潰して宅地として造成したため、現在は住宅が多く立ち並んでいますが、久保のお隣、蔵持くらもち地区には今でも多くの田畑が残り、農業を営む人たちも少なくありません。

稲が青々と伸びてきた6月も、かしま病院では、いつも通り地域医療実習が行われており、毎週火曜日に開催されている「いとちワーク」も予定通り4回開催することができました。ここで簡単に振り返っておきたいと思います。6月のラインナップはこんな感じでした。

6月4日  まち歩きワーク(久保地区)
6月11日 まち歩きワーク(走熊はしりぐま地区)
6月18日 インタビューワーク(初開催)
6月25日 ミニいとちかいぎ+さくらんぼ保育園実習

初めて訪れる場所でも、耳を傾けて風景を想像してみましょう

ライフストーリーから人を診る

第1週では、久保地区のまち歩きを行いました。この日は、鹿島に長く暮らす渡邊隆さんが参加してくれていたので、渡邉さんの話をじっくりと聞きながら、ここにあった風景を想像していくようなまち歩きになりました。まち歩きというと「今あるものを見る」ことも重要ですが、あったかもしれない風景ありえたかもしれない風景を想像することも大事です。

ここにこんなものがあってね。ここでこんなことをしたんだ。そんな思い出話こそ、地域と人を結びつける重要なライフストーリー。その人が大事にしていきた思い出を知ることは、その人を丸ごと診ることにもつながるはずです。大切にしてきたものを思いやり、想像力を働かせることで、その方がどう生きたいと思っているのか、想像の回路が生まれます。

大樹の下で語らう時間も、学び
畑仕事する方に、こんにちはーと声をかける

医療と関係ないじゃん? と思われる学生も多いかもしれません。直接的には関係しないでしょう。ですが、その人がどのような背景を持った人なのか、どういう風景のなかで暮らしているのか…。その人の「素の状態」を知ることは、全人的理解のチャンネルを増やすことになり、会話の引き出しを増やしたり、信頼関係をつくることにつながります。

もちろん、患者全員の背景をすべて知ることはできませんが、せっかくの実習です。一緒に歩く地元の人たちの思い出を辿る時間を過ごしてみることで、大学や研究室で学ぶのとはちょっと違うものが学べるかもしれませんん。このワークでは写真を撮るミッションも課せられていますが、それ以上に大切なのは一緒におしゃべりしながら歩くことなんです。

田んぼが広がり、古き良き農村の風景を残す走熊地区

風景から人を診る

第2週は、これまでほとんど歩いてこなかった走熊地区を歩きました。病院のある下蔵持しもくらもち地区のすぐ隣の地区ではあるものの、ちょっと距離があるため、ワークで歩くことはありませんでした。ですが、同じ地区を歩くとどうしてもマンネリ化してしまうところもあり、今回は思い切って歩きに行ってみました。

普段、まち歩きをする久保地区は住宅地。一方の走熊、特に今回歩いた鹿島幼稚園付近は、農家が多く、いつもとは一味違う風景が広がります。田んぼはシンプルに美しいものですよね。なぜ美しいかといえば、人が手を加えているから。何代にもわたり土地を守り抜いてきたわけですから、家や土地への思い入れはきっと強いことでしょう。

走熊地区は周囲を里山に囲まれていますし、その山の上に観音様があったりして(高照たかてら観音)、信仰の対象にもなっている。なおさら走熊の土地とともに生きてきたという感覚が強いでしょう。施設や病院ではなく自宅で最期を迎えたいと考える方も少なくないはずですが、この風景を歩いてみないことには、そういう気持ちを察することもできません。

地域の人たちが大切にしてきたものに敬意を払うことも大切
かしまホームに戻ったら、みんなで風景について語ります

汗ばむ陽気でしたが、散歩しながらかく汗は気持ちがいいもの。一度、脳みそをリフレッシュして水曜日からの研修を充実させてほしい、なーんて気持ちももちろんあります。医学生も薬学生も研修医も学びっぱなしで頭が疲れているはず。散歩で気持ちを切り替えましょう!!

その人の背景にも迫るインタビューワーク

第3週の6月18日には、初めてとなるインタビューワークを開催しました。これは、通常は編集者やライター向けの講座などで用いるワーク。インタビューというのはつまるところ問診です。インタビューせずに診察するわけにもいかず、ならば、編集者やライターを目指す人たちが取り組むワークを取り入れてもいいだろう、ということになりました。

詳しくは、すでにいとちインターン生の小林歩記さんがレポートしてくれているので、こちらをぜひ読んでみてください。

初めての開催でしたが、学生たちも前向きに取り組んでくれて、非常にいいワークになったと思います。来月以降も定期的に取り入れてみる予定です。

筆者の思いつきで始まったインタビューワーク
医療的なインタビューとはちがう迫り方で話を聞いていきます

インタビューは時間は合計20分。短い時間で、できるだけその人らしいポイントを押さえていく必要があります。どんな人生を歩んできて、いま何をしていて、どんな夢があって、何をしようとしているのか。シンプルに話を聞こうとすれば、過去・今・未来を押さえる必要があります。

それから、好きなこと、ハマっているもの、思い出のもの、趣味や特技、感動した映画・・・あるいは逆に「これだけはしたくない」なんてことも、その人らしさに強く関わります。どれも取るに足らない質問だし、医療とはなんの関係もない。でも、だからこそ、浮かび上がってくるものがあります。

その人自身に短時間で短時間で迫る「聞き方」が求められます
その人の特徴を3つの項目に分けて紹介。イメージは「図鑑」です

大部分の医学生・薬学生は、OSCE(オスキー)を終えて実習にやってきます。OSCEは試験ですから、みんなその対策をしっかりと積み上げてくるわけですが、だからこそ、研修の現場で「インタビューしてください」と言われると、多くの学生がオスキー的な問診型のインタビューをしてしまう。

もちろん、疾患について深く知ることは大事です。ですが、その人がどういう人生を歩み、どういう価値観で病気を受け止め、退院後はどのような暮らしをしたいと思っているのか、どういう最期を迎えたいと思っているのか、ということを知るには、一旦「医療を外れる」ことも必要です。人間は「症状」だけで成り立っているわけではなく、さまざまな要素が複雑に絡んで一人の人になっているわけですから。

そんな狙いもあって、全く医療的ではないインタビュー実習をやってみようということで、こんな形となりました。せっかく大学を離れ、病院の外に出てきたわけですから、医学・看護学・薬学という自分の思考を「抜け出す」時間にしてもらいたいと思っています。

子どもたちにとっての医療とは

さくらんぼ保育園でじっくりと子どもたちに向き合う時間

第4週は、さくらんぼ保育園での実習です。ただ遊んでいるわけじゃありませんよ。実習です! 元気な子どもたちのパワー、底抜けのエネルギーを感じてもらう時間です。そもそも子どもたちって、こんなにエネルギッシュ。医療的なケアを必要としているわけではありません。いわば医療のもっとも外側にいる存在と言っていいかもしれない。

子どもたちに元気なまま過ごしてもらうための医療を考えると、個別の治療というよりも「公衆衛生」のあり方などに思考が移っていくでしょう。医療からは遠いけれど、緩やかに医療と関わる環境をつくることで生活の質を上げたり、子どもたちをいい状態にキープすることにつながるはずです。高い技術で目の前の人を救う医療もあれば、子どもたちの元気を広く薄くキープする医療もある。そんなことを毎回考えさせられます。

子どもと遊ぶことも学び

メインストリームあってのアンダーグラウンド

もちろん、学生たちは、いとちワークだけやっているわけではありません。医学生は、火曜以外は特別養護老人ホームや介護医療院、入院病棟などでの研修や通常の外来にも同席したりと、とにかく現場で学びます。薬学部の学生も同様です。あくまでそちらの研修がメインです。

地域医療の最先端に体当たりで学ぶ
入所されている方たちへインタビュー

いとちワークは、いわばカウンターでありアンダーグラウンド。いつもとちがう場所に立ち、いつもとちがう思考回路で、医療を外れて地域を見る思考を育てる研修です。火曜日の3時間くらいがちょうどいいボリュームなのだと思いますし、私たちも、学生たちの思考回路をいい意味でくすぐることができたらと思い、さまざまなプログラムを日々考えてきました。

今月、学生たちから上がってきた感想・コメントをまとめました。

・患者さんのカルテだけでなく、患者さん自身のことを知ろうとすること、コミュニケーションを治療に役立てたい。

・ただの実習先ではなく、生きた土地、生きた人に触れることができ、誠心誠意患者さんに向き合う機会になった。知識や情報に偏ることなく患者さんに向き合いたい。

・聞いてみないことにはわからない。こんな患者さんだと決めつけず、本人は自分をどんな性格だと自覚しているのかを聞いてみることも有効だと感じた。とはいえ短い時間では難しい。繰り返し聞いていくことが必要。

・普段の生活と医療は遠い存在ではなくむしろ密接に関わっていることを知った。病気になってからではない。生まれる前から医療は身近にある。

・普段あまり関わることのない、非医療系の方の医療に対する考え方、視点を知ることができた。今後医師として働く上で貴重な財産になると思う。

・子どもたちとの触れ合いを通じて、子どもたちにとって医療とは如何なるものかを考えることにつながったが、患者さんとの会話においても、相手から不信感をなくすことが大事だと思った。大切にしたい。

学生たちが、普段とはちがう目線で医療を考える、いい刺激を受けていたらうれしいです。7月は梅雨真っ盛り。メンバー全員で学生たちの学びをサポートできるよう、アイディアを絞っていきたいと思います。ぜひあなたも、かしま病院で、いとちワークで、地域医療・総合診療・全人的医療を学んでみてください!!!

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