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デジタル・ネイティブ世代

まずはうちの娘を紹介しよう。
10歳小学校4年生でどちらかというとクラスでいうと男女関係なく友達がたくさんいる元気で活発な女の子だ。

小学校から帰ってくると男女数人の友達と公園に行ったり近所の空き地でリップスティックボードを楽しんでいる。親譲りの横ノリ好きで膝にはたくさん絆創膏が貼ってある。

そんな風に子供同士で集まって外でワイワイ遊んでいるのはボクたち昭和生まれの元男の子たちとそれほど変わらない。
「今日は友達と外で遊んで〇〇君がおもいっきりコケてさー大爆笑」
みたいな会話を交わすとなんだか自分たちの子供の頃を思い出して懐かしくなるのだ。


そんな娘は家に帰ってくると真っ先に宿題を済ましてから、もはや自分専用となっているiPadを取り出してから引き出しから自分のニンテンドーSwitchを取り出しこれらの機器を両脇に抱えてリビングに寝転がってiPadでYouTubeを観ながらニンテンドーSwitchで「あつまれ!どうぶつの森」をやるのだ。

よくそんな器用なことができるなあと感心するのですが、それが彼女なりの余暇時間の楽しみでありおそらく2歳くらいの時からiPadに触れているので肌身離さず持っていたいのだろう。
ボクが幼稚園から持っていたキン消しを中学生までずっと持ち続けていた(というか実家にまだある)のと同じようなものなのだと思う。

最近はPCまで触るようになってきていつの間にか教えてもいないのにキーボードとマウスを巧みに使うようになっていた。おそらく幼少の頃からデジタル機器に触れているから感覚的に操作できるのだろう。そして「こうすればこうなる」というような論理を自分の中で組み立てているのだろうと思う。

これを言うと私の親などは最近でこそそれほど言わなくなったものの「そんなにiPadばっかり観せていたら教育によくないぞ」といったことを言う。
親世代はやはり自分たちが子育てしてきた経験値から正解を導き出しているのだと思う。それはそれでわからなくはない。


けど逆にこのデジタル・トランスフォーメーションという言葉が流行語になりそうな時代。子供たちにデジタル機器に触れさせなかったらどうなってしまうだろう。
おそらく時代の流れに取り残されてしまうだろう。

ただYouTubeのコンテンツに子供たちにとって有害なものが含まれていることも否めない。私はあえて制限などはしていないが、自ら疑問を感じたり恐れたり自制できる感覚をつくれるようそっと見守るつもりだ。
現にYouTubeを観まくった子供が将来どんな大人に成長するかというようなエビデンスはない。わからないことは否定せず、子供の「好き」や「〜したい」という欲求を大切にしてあげたい。


「三つ子の魂百まで」という言葉があるが、生まれた時からデジタル機器が身近にあり、YouTubeやSNSに触れインターネットと常時接続している世代だからこそそれに慣れ、それが「好き」であるということは大切なことなのだと思う。

ただ私はそれだけではなく程よくアナログを織り込んでいくことも大切なのだと思う。人に対する優しさや愛情を発露できるような環境に身を置いてあげることを優先したり会話の中で人を思いやることを親が見本を見せることも大切だと思う。

デジタル・ネイティブ世代と揶揄されることの多い子供たちの世代だが私はよりアナログとデジタルがハイブリッドした優れた人材も生まれてくるのではないかと期待している。


私はいつの世代も若い世代が最も優れていると思っている。
悔しいけれどこれは現実だ。

だから私も子供たちから学ぶことも多くなってくるのだろう。

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