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ショートストーリー「カッパもなかなか可愛いじゃない」



妹と金曜ロードショーを見つつ
フットネイルを塗り直すのが
習慣になった。


金曜ロードショーは
だいたい2時間弱。

ネイルオフに10分、
爪の休養に30分。
その間に新たなネイルの色を決め、
20分かけて丁寧に2度塗り。

ぴったり1時間、乾燥の時間が残る。


パーフェクトな時間配分。
さすが私。



週末がいかに価値のあるものか
社会人になり
ひしひしと実感している。


勤務時間9時5時の残業なし。
優しくて頼りになる
爽やかイケメンを横目で追いつつ、
可もなく不可もなしのデスクワーク。
ランチタイムは、同期とカフェで
恋バナに花を咲かせる。


なーんて職場は
この世に存在しないと知り、早々に
私の人生は土日のためにあると
割り切った。


だっさい制服を着て窓口に立ち、
ふんぞり返った客からのクレームに
ひたすら愛想笑いを繰り返す。
半強制(全強制?)の飲み会は
タバコ臭い居酒屋でたこわさをつつきながら、上司の武勇伝に
お経のような称賛の言葉を唱える。


そんな平日に耐えられるのは
土日のおかげだ。

どんな平日を過ごそうとも
金曜日の次は土日がやってくる。

1分1秒、遅れることなく、正確に。

とてもありがたいことである。


だから、
たとえ外出の予定がなくたって

お気に入りのワンピースや
ふわっと広がるスカートに着替え

平日の倍以上の時間をかけて
丁寧にメイクをすることにしている。

もちろんマスカラ2度塗りは必須。

普段は束ねるだけの髪も
ヘアアイロンで毛先に動きを出し、
軽やかさを演出。


鏡の前でくるっと回れば
平日のダサい私が嫉妬する
休日の可愛い私の完成。


どこに行っても、行かなくてもいい。
何をしたって、しなくたっていい。


土日の私は、自由だ。
私がうきうきすることだけを
してあげると決めたのだ。

そしてそのためには
平日の禿げたネイルなんて
ありえないのだ!




それに、この2時間弱は
妹が部屋から出てくるから。


現在大学2年の妹は
絶賛プチ引きこもり中。


授業には普通に行くし
トイレ風呂、食事など
生きていく上で必要なことは
今まで通り変わらずこなしている。

が。それ以外の時間は
全く部屋から出てこないのである。


正直、私としては

“実家暮らしの大学生なんて
 そんなもんじゃん?

 別になんの問題もないじゃん?

 むしろ家に帰ってきて偉いじゃん?”

と思うのだが


心配性の母が、心配しているのだ。

心配性の母は、なんでも心配する。
言ってしまえば、カホゴである。


「美香ちゃん、
 何かあったのかしら?」

「美香ちゃん、大学生活
 うまくいってないのかしら?」

「美香ちゃん、お友達と
 喧嘩したみたいなのよ」


「晴美ちゃん、
 美香ちゃんの話聞いてあげてね」


この間、妹と母の会話、ゼロ。
よくもまぁそこまで妄想を
繰り広げられるものだと感心する。

プチ引きこもり決行前までは
妹は律儀にも
母の終わりなき質問に丁寧に答え
母を安心させていた。


正直、

“それが面倒になって
 話さなくなったんじゃん?

 ちょっと遅れた反抗期じゃん?”

と思うのだが


「ね。お願い。
 冷凍庫のハーゲンダッツ、
 食べていいから。ね」


と言われると


“しょうがないなぁ
 姉として一肌脱いでやるか”


と思ってしまうから
私も立派なお節介である。


…違うよ?釣られてないよ?



とまぁ、紆余曲折の末
妹と金曜ロードショーを
見ることになったのだ。

そしてついでに
どうせ2時間動けないのなら、と
土日のうきうきMAXのため
フットネイルを始めた次第である。



***



今晩は、
『もののけ姫』のノーカット版が
放送されるようだ。

時間はなんと、2時間44分。

え、長い。長すぎん?
想定外である。
日テレ恐るべし。


「何か飲む?」

「…」

「おやつ食べる?」

「…いい」


妹は今日も
飲まず食わずで鑑賞するようだ。

迷った末、私は開始後しばらくを
晩酌タイムとした。
まぁ、今日は特別だ。
なんといっても、
2時間44分なのだから。


麒麟一番搾り350ml缶と
この時間の対価である
ハーゲンダッツマカダミア味と
おつまみの定番
じゃがりこチーズ味を用意し
定位置に着く。


我が家のリビングは
テレビの前にこたつ机があり
そこから少し離れた先に
ダイニングテーブルがある。

妹はこたつ机に
私はダイニングテーブルに
腰掛けるのが常だ。


私も最初はこたつ机にいたのだが
妹から「くさい」と言われたので
少し離れたダイニングテーブルから、 
テレビと、それを見る妹を眺める形で
落ち着いた。

あ、違うよ?
くさいって、ネイルだからね。


そんな体勢で
しかも映画を見ているもんだから、

「話を聞いてあげて」

と言われた所で
会話らしい会話なんて皆無である。

なんだかタダハーゲンを頂いているようで、複雑な気分になるのだけど…



あ。始まった。

まいっか。


うわぁ、出た。
あの大量のミミズみたいなやつ。
気持ち悪ぅ…


タダハーゲンうまぁ〜



***



時間が進むこと、2時間弱。

物語は佳境を迎え
私はほろ酔い
ネイルは塗りたて。


ジブリ映画の背景って、綺麗だよね。
こんな自然の中で、ハイジのように
駆け回ってみたいもんだわ。

そうだ。
明日は、この前ネットで買った
アップルグリーンのワンピを着よう。

少しでも自然に包まれた気分に
なれるかもしれない。


なんてことを考えていた矢先である。



しまった。


トイレがしたい。



普段は飲まないビールに加え
ハーゲンダッツも食べたせいだ。
お腹が冷えたのかもしれない。


普段の金曜ロードショーならば
あと数分で終わるが、いかんせん
今日は2時間44分。

まだまだ時間がある。


どうしたもんか。

とりあえず、ネイルの表面が
もう少し乾くまで我慢するか…

いや、トイレは我慢してはいけない。
健康にも美容にも悪い。


意を決して、CMに切り替わる
タイミングで席を立つ。

ネイルに傷をつけないよう、
恐る恐るの移動。
ダイニングテーブルは、
リビングのドアから1番遠いのだ。



「…お姉ちゃん」

「うん。どした?」


ちょっと待て妹よ。
姉は今、全集中ミズノコキュウで
前進しているのだ。


「歩き方、変だよ。
 カッパみたい」

「…いやいや、妹よ。
 カッパの歩き方、
 姉には分からんよ」

「ぺったんぺったんしてるじゃん」

「じゃあペンギンでいいじゃない」

「なんで笑。自己評価高過ぎ」

「あんたは低過ぎるんじゃない?」


…妹、無視。

何なのだ、全く。
私は今、限界なのだよ。


なんとか大惨事を免れつつ
リビングの出口にたどり着いた時、

ぼそっと一言。


「…正当」


ふむ。
何があったか知らないけどね、


「あのね。
あんたの自己評価が低いと、私が若干の罪悪感とともにタダハーゲンを食べながらもののけ姫を見ることになるのよ。知ってるでしょ、お母さんの心配症。付き合えとは言わないけど、あからさまに行動するのはやめなさい。あんまり年寄りをいじめるもんじゃないわよ。と言うかね、自己評価なんていらないのよ。自分で自分のことなんてわからないわ。灯台下暗しよ。だったら、あんたを高く評価してくれる人とだけ付き合いなさい。それでいいじゃない。たたらばの女性は、たたらばにいるから自信満々なのよ。素晴らしい選択じゃない。いいのよ下界なんて降りなくったって。ヤックルだって、アシタカが自分を信頼してくれるからサンに猿ぐつわを外されてもアシタカの側を離れなかったでしょ。可愛いじゃない、ヤックル。サンも同じよ。人間が犬と生活するなんて、斬新でいいじゃない。何よ、しっかり見てるじゃない、私」


「…なにそのマシンガントーク」

「そうね。
 私も何が言いたかったのか
 よく分からなくなったわ。
 限界なもんで」

「でも、ありがと」

「そ。じゃ、トイレ行くわ
 ホントに限界なのよ」

「ビールなんか飲むからじゃん」

「違うわ。日テレが悪いのよ」



再び、ネイルを守るように
若干足の指を上げながら歩く。


ぺったん。
ぺったん。


確かに、この間抜けさは、
ペンギンよりカッパである。


正当な他者評価だわ笑。






おしまい。

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