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ショートストーリー「どうしましょうね?」


「うわぁ。
 緊急事態宣言延長だって。
 どうする〜?」

きたっ!
今日こそはっ!


「あっ…え…っと…」

「ま。どうしようもないよね〜」

「……ですね」


はぁ〜。
またダメだった…。


***


女性ってホント凄い。
何がって?もちろん
あの会話力である。


僕には50代半ばの母と
大学生の妹がいるのだが、
2人揃うともはや敵なしだ。


不意にどちらかが話し出すと、
もう一方の聞き手はすかさず
語り手の言葉尻に重ね、
共感の相槌と質問を
ほいほい放り込む。

その質問に対する語り手の返答も
「いつ考えんだ?」
と聞きたくなるほど瞬時に飛び出し、

聞き手からは先程の1.5倍ほどの
感情が込められた感嘆詞が
与えられたかと思えば、

「そういえばね〜」と
唐突な話題転換。

さっきの強烈な共感は何処へ?

しかしそれに
文句を唱える訳でもなく、

あれ?
それさっきの話題と繋がってたっけ?

とこちらを錯覚かせるほど
抜群の対応力を発揮する、
先程の語り手、現在の聞き手。

まさに、会話のプロと言っても良い。


横で聞いている社会人1年目の僕は、
首振り人形のように母と妹の顔を
見比べる他ない。

60歳手前の父に至っては、
早々にその場から退散。
離れたソファーで
新聞を読み始めたりする。


僕としても、
母と妹の会話に参加しようなどと身の程知らずのことは考えていないため、別にその場にいなくても良いのだ。

良いのだが、
ひとつ問題がある。


そう。会社の小山さんだ。


小山さんとは、
僕の勤務先『ツナカン株式会社』
紅一点の事務さんだ。

年齢は30代半ば辺りだろうか。
身長はやや高めで、やや痩せ型。
長めの髪を後ろでひとつにまとめ、
黒縁眼鏡をかけている。
一見クールに見えるが、
笑うと目が線になり、
一気に親しみやすさが感じられる。

そしてもうひとつ、
大きな特徴がある。

そう。
会話が常に質問系なのだ。


ツナカンの社員は、
基本的に昼食は外食派が多い。

僕も最初はそうしていたが、
ラーメンばかり食べている僕の健康と肥満度を心配した母が、弁当を持たせてくれるようになった。
そのため、最近は会社のデスクで昼休みを過ごしているのだ。

小山さんは、以前から弁当派だ。
ひとりで食べることが常だったランチタイムに、僕が割り込んだ形である。

小山さんがそれについてどう思っているのか聞いたことはないが、
つけっぱなしになっているお昼のニュースを見ながら時折話しかけてくれるところを見ると、少なくとも不快には思っていないようだ。


そう。
問題はその、
時折話しかけてくれる件なのだ。


昼のニュースは、朝のそれとは違い、ひとつひとつの題材を時間をかけて検証する。

コメンテーターの芸能人に意見を求めたり、専門家を招いたりと、なんだかただ時間を引き延ばしているように思えなくもない、力の入れようだ。

小山さんは、そのひとつひとつを、
しっかり聞いているようにも、聞き流しているように見える。

そして、
一区切りつくタイミングで、
いつも言うのだ。


「どうする〜?」

と。


例えば。

「明日から梅雨入りだって。
 どうする〜?」

とか、

「星野源と新垣結衣が結婚だって。
 どうする〜?」

とか。


いや。
どうするもこうするも、どうしようもないし、どうにかしなくてはとも思わないのだけれど…

と言うわけにもいかず、懸命に返答を考えるものの、明案が思い付かず、
冒頭のようななんとも情けない幕引きとなってしまうのだ。

しかし、小山さんがそれを気にしている様子はなく、
何故だか僕だけがスッキリしない気分でお昼休みを終えることが引っかかっているのである。

だって、梅雨入りは毎年やってくるから避けられないし、
星野源と新垣結衣の結婚だって、その結婚がなかったとしても僕がガッキーと結婚できるわけじゃないから、
正直誰と結婚しても一緒である。


どうするって。
どうするって言われても…

一体どう答えたら良いのだろう??


いつか小山さんの
「どうする〜?」に
慌てずに対応できるようになりたい。

ここ最近の、密かな目標である。


そのために、会話のプロである母と妹のやりとりを観察しているのだが、
全くもってヒントのトすら掴めない。

このままの状態が続けば、いつの日か午後の業務に支障をきたしかねないため、僕は行動を起こすことにした。



「母さん、弁当ありがとう。
あのさ、ちょっと聞いてみるんだけど…」


妹にはバカにされることが目に見えているので、
母ひとりの時を狙って話しかけた。

が、

「なになに〜?」

なぜに今湧いて出るのか、妹よ…

「いや、ちょっと、あーのー、
会社の昼休みにさ…」

仕方がないので話し出す。


案の定、妹は鼻で笑って言った。


「いや、深く考え過ぎ。そんなの、
“どうしましょうね〜”でいいんだよ。
解答なんて求めてないし、むしろ
そこで感染対策とか語られても、
しらけるだけだから笑」


目から鱗である。
まじかそうかそうなのか!?

「どうする?」と聞かれたら、
「こうする」と答えるのが
普通じゃないのか?


「そうそう、お父さんも昔は
すぅーぐ、アドバイスしてきたわ。
こちらはただ聞いて欲しいだけで、
困ってるって口で言うほど
困ってなんかいないのよね〜」


いやいやちょっと待てよ!
「今日の夕食、どうする?」
と聞かれた時に
「食べる」か「食べない」か
答えないといつも怒るではないか!
質問には的確に答えましょうと
習ってきたじゃないか!!
女性との会話にはこれまでの常識が
通じないのか!?何故!?


「ね〜。お父さんもお兄ちゃんも
頭かった〜い。そんなんじゃ
モテないよ〜笑」


なんということでしょう…
なぜか完全に劣勢の男性陣…


「そ、そうなんだ…
ありがとう…」


その言葉は、2人の耳に
届いたのか否か。

すでに話題は、先ほど見たドラマの感想へと移っていたのであった。


***


後日。

衝撃の事実と妹の嘲笑を
なんとか受け止めた僕に、
チャンスが巡ってきた。


「今日、最高気温35度超えるって。
 どうする〜?」


よしっ!
今だっ!


「ど、どうしましょうね!?」


よしっ!よくやったぞ俺!
少し力んでしまった感は否めないが
そこそこファインプレーじゃないかっ!


小山さんは、
おや?という顔で僕を見たあと、
ニヤリと笑って言った。



「ま。どうしようもないよね〜」



……結局同じこと言うんかーいっ!






おしまい。

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