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ショートストーリー「前略。1年前の、クズな私へ。」

入籍を機に、10年日記をつけ始めた。

そろそろ1年半が経つ。

ページの上端に月日のみが書かれていて、その下は横長のスペースが10ヶ所、上から下に並んでいる。
1番上が1年目、1番下が10年目だ。

1日あたり、3行程度。
寝る前に書くには、丁度いい量だ。


2年目に突入してからは、その日の出来事を書く前に、上にある1年前の記録を読むという楽しみが加わった。

入籍直後の私は、どうやらとても浮かれていたようだ。

スマホの絵文字でも滅多に使わないハートマークをわざわざ自らの手で生み出してみたり、挙句それを3つも並べて書いてみたり。

まぁ、うん。新婚だし。
幸せそうで何よりだ。


そんな微笑ましい記録が数ヶ月続いていたのだが、今日は少し、風向きがおかしい。

1行読んでも、2行読んでも、

「楽しかった」
「嬉しかった」

そんな言葉がひとつもない。


そしてついに。

1年前の私は、1年前の私に、こう言ったのだ。


「本当クズだな。」

と。


おいおいおーい!
ちょっと待っておくれよ!

そりゃまぁそんなに出来た人間ではないかも知れないがクズはあんまりじゃないかい?クズは!

内心焦りながら、自分で自分をクズと評するに至った経緯を探そうとするも、記憶は曖昧だ。

当の日記にも、最後の衝撃的な言葉以外は、近所のコンビニが潰れたことと、雨天が続き洗濯物が乾かないことが、汚い字で走り書きされているくらいだ。


…一体何があっんだ。1年前の私よ。


3行のうち、一際汚い2文字と睨み合い、考える。


自分で自分を「クズ」と罵るとは、一体どんな場面だろう。

夕食がカレーなのに、ご飯を炊き忘れたこと?

いや、それは先週もあった。
でもその時に、自分をクズとは思わなかった。

じゃあ、旦那さんがゲームしてる時、コードに足を引っ掛けて抜いちゃったこと?

いや、これも違う。
昨日もした。ごめん。

じゃあじゃあ、洗濯物を取り込み忘れて、雨でびちゃびちゃにしちゃったこと?

これも違う。
この日に限ったことではない。


うーーん。
日々それなりのミスや愚行を繰り返している事にややげんなりしたところで、ふと気がついた。


1年前のこの日には、きっと決定的な出来事なんてなかったのだろう。

些細な失敗による、小さな情けなさや、軽い自己嫌悪が、溜まりに溜まって生み出された言葉が「クズ」だったのだろう。

つまりこの言葉は、
私が頑張った証拠だ。

頑張るから、失敗して落ち込む。
自分を信じているから、時に自己嫌悪する。

いっぱい頑張って、いっぱい失敗して、それでも諦めなかった、勲章のようなものだ。

そう思ったら、1年前の自分が、とても愛おしく感じてきた。

ペンを取る。
今日のスペースは、僅か3行。

いつもより小さい字で、今日の出来事を2行だけ書いた。

最後の1行は、少し大きい字で、なるべく丁寧に書いた。


「前略。1年前の、クズな私へ。

 1年後は、まぁまぁ幸せだぞ。」



おわり。

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