1日1分短編小説

息抜きに

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またねこ

「また、ミケだ」 大学時代によく通っていた、言ってしまえば肉体関係を繰り返していた、女の家に行くなり彼女はそう言った。 手には30cmほどの小さな三毛猫が不服そうな顔をして持ち上げられていた。 彼女の両手を脇に入れられて持ち上がっている。 正面から見えるでっぷりとした腹には毛がなく、ピンク色の皮膚が剥き出しになっていた。 このお腹がこの猫の全てを作り行くのだと考えるとなぜかとても気味が悪く思えた。 「またって、以前にも何かあったのかい?」 「そうなの。一年前くらいに三毛猫が家

    • 歴史

      私は歴史。そう、みんながみんな学校で習うようなことや、みんなが懐かしいと思うこと、みんなが戻りたい時や、目を背けたくなるような事実、それら全てが私。それら全てを私になるようにしているのが私。性別?今は女だけれども、男の時もあるわ。 勿論とても大変な作業よ。一応私にだって善悪も美醜もあって、嗅覚をくすぐるような甘美な出来事も、目を抉り出すような惨たらしい出来事も全部私にしないといけないのだから。 歴史を全部知っているということは、私は全部を知っているということもできるし、何も知

      • どこまで

        貴方はどこまでなのかとふと考える。 私が今見ている景色とか、聴いている音楽とか、食べている料理、触っている犬、嗅いでいる臭いタバコ。 私のどこまでが貴方からで、どこからが私なのか。 もしも、全てが貴方ならば私はどこまで行けばいいのだろうか。 行く当てもなく、砂漠を歩いても貴方がいて、海に流されても貴方がいて、雲の上まで歩いたとしても貴方。 夢の中までも貴方で、私はきっとどこまでも貴方と共にあるのだろう。 だから貴方もそうあって欲しい。 死ぬのならば私の中で、私の腕で死んで欲し

        • 「なぁ、今日は満月だけれど、もし俺が化け物の類で今変身したとしたら、君は僕をどこまで認めてくれるのか?」 「認めるってなに?貴方の目が金色に光って裂けてゆき、耳はとんがって、鼻は高く前に突き出して、口はほっぺたまで広がって、だらしなく涎を垂らしたとしても、私が貴方を好きでいれらるかってこと?」 「端的に言ってしまえばそうなる」 「そうね、だとしたら、答えはもちろん、はいよ」 「なぜ?」 「そうであるべきだから。私は貴方を想うと知り、そう決めたのだから、そうするべき。もっと言え

          2人の男はエレベーターを待っていた。 正確に言えば、今来たエレベーターを見逃して、椅子が付いているエレベーターを待っていた。 2人の関係は師弟のようなもので、体格が良く背がややに低い初老は先生と呼ばれ、細く賢しそうな男は君と呼ばれていた。 賢しそうな男が気を利かせ「先生、椅子がついている方にお乗りになりますか?」と尋ね、先生は「そうしようか」と和やかに言った時だった。 エレベーターが到着し、2人はそれに乗り込んだ。内装はなんでことのない無機質な空間で、椅子もさほど豪華でない、

          夏、月

          男はコンビニから帰って来たところだった。 夏の夜、いかに風が涼しいからと言ってもクーラーが効かない部屋では鬱憤が溜まった。それを晴らすために、男はビールを買い、くだらないB級映画でも見て、そのまま眠るつもりだった。 鍵のかかっていない玄関を開け、サンダルを散らかすように脱いだ。効きもしないクーラーがこれ見よがしに音を立てている。 男が部屋に入ると、見知らぬ女がベットに腰をかけていた。 大変美しい女だった。髪は重く、長く艶やかに、まつ毛はすとんと伸び、目は冷ややかに切れている。

          今日、彼女が不思議な話を持って帰ってきた。 彼女は遊具メーカーの販売をしており、よく幼稚園に行くらしいのだが、そこで起こった話だ。 彼女はまだ新人なので先輩に同行しており、先輩が遊具を売る間に園児と遊ぶ時があるらしい。 いつも通り、園児と遊ぶために園庭に向かい、パンプスに砂が入るのもお構いなしに園児たちの輪の中に入ろうとした。 すると、ある園児が空に向かってパンクズを投げていた。そのパンクズは空中で消え、また園児が投げる。 何をしているのかと尋ねると、園児は「お姉さんにも教え

          ある夢でした。 私は定期試験を受けていました。おそらく中学生の頃まで遡ったのでしょう。 なぜなら、出席番号順に座り、私の目の前にはいつも見ていた背中がそこにはあったからです。 試験の内容は英語でした。それが夢の中の私にとってはかなり難しく、終わった人たちが次々と席を立って行くなか、取り残されて行きました。 気が付けば、あたりは夕暮れでふと見た窓がやけに煌びやかでした。 ようやく、私は解き終わり席を立ちました。 教室に残っていたのは、当時とても嫌っていた先生と、少し親身になって

          湿り気

          季節は梅雨。 雨の代わりに文字通り梅が降るようであればいいと思いながら、縫った晴れ間を歩く。 梅が降れば貴方を思い出すだろう。 いつも湿り気のある髪を携えた貴方のうなじは梅の香りがする。 それをわかってか、貴方はわざとらしく梅のかんざしを器用に刺して、朝顔の浴衣でふらふらと歩く。 裾が揺れ、誘うように真っ白なくるぶしが私を見る。 風の強い梅雨の夜でも、貴方の後ろ髪はきっとうなじから離れず、梅の香りで逝き遅れた蝶を誘うのだろう。

          抵抗

          君はいつもストローを逆に指す。 あの蛇腹になっていて曲がるようになっているところをコップに指すのだ。 中の液体がなんであれ、そうする。コーヒー、カフェオレ、アイスティー、牛乳。全部の飲み物でそうする。 理由を尋ねると、「小さな抵抗」と君は言って逆のストローで氷を鳴らした。 私も真似をしてみた。中身はコーヒーだった。 意外となんの不便もなく、こんなもんかと思ったが、ストローを手繰り寄せた時にとても違和感があった。 その違和感は冷たく、しっとりとしたものだった。いつまでも、いつま

          夜なら

          本当にたまに、ごくたまに、道ゆく人々がいるというそれだけでとても嫌になる時がある。 何故かはわからないが、とにかく不快なのだ。遠くから、得体の知れないものが近づいてくる。近寄ってみれば人間だった時の違和感。 とにかく、全てが嫌だ。 角を曲がった際に人がいたときなど最悪だ。 人が嫌になると、車が嫌になる。夜だというのにピカピカとビュンビュンと騒がしい。 ああ、こんな夜ならもう少し貴方と居れば。 もっと言えば、こんな夜が訪れるような世界ならば、貴方と飼い猫と私だけでどこかに。

          汽車

          「猫は死ぬ時にお世話になって人から離れていくらしい」 貴方が汽車で吊革に捕まりながら私に言った一言です。 最初は独り言だと思って聞き流していた私が返事をすることはありませんでした。 それでも、貴方は「なぁ」と言って再び私に向かって話しかけました。 なぜ、あんなことを言ってきたのかと後に聞くと、貴方は「一目惚れだ」と言いました。 なんだか遠い昔なのに、その道は一直線でいつでも帰ることができるようです。 ですから、貴方が白い病室で管に繋がれたままでも、きっと貴方はその管を引きちぎ

          解れ

          貴方といると私は解れていく。 頭ではなく、足の先から。それも必ず右足の親指から解れていく。 ぐちゃぐちゃにではなく、丁寧に。か弱い白い糸が螺旋状に舞って、徐々に私を無くしていく。 そうすると貴方は「危ないよ」と言って丁寧に折り合わせて、私を作り直す。 裁縫で玉結びをするように、雑に、それでいて忘れないように作り直した後に貴方は、ひと撫で。ひらり。 わたしはたまらなく火照り、貴方を求める。 1人では解れられないし、結べもしない私を、さらりと愛してくれる貴方へ。

          「今日、花が降るから持っていきな」 女は男に傘を手渡した。 骨数は全部で36。昔ながらの和傘だった。 男は渋々右手で受け取り家を出た。 こんなに土砂降りの雨の中でどうやって花が降るというのか。男はそう思いながら、レインコートの襟を引き締めるように立てた。 午前中の仕事が終わり、一服しに外に出ると花が降っていた。 男は花にうたれながら、女のことを思いだした。 持してくれた傘は事務所の傘立てに刺さったままだった。 こんなことならと、男は思いながら花にうたれ、終いには花に溺れた。

          落とし物

          「あ、」 女は呟いた。 太陽は傾き、帰路に着くカラス茜色に吸い込まれる頃。 何かを探すように女が屈むと、途端にアスファルトの影の中に吸い込まれた。 ぬるりと影は丸くなり、波紋を広げている。 カラスが鳴くと、影は飛び出し真っ黒な卵になった。そのまま白いヒビがあちこちに広がり、真っ白なカラスが産まれた。 「カー」 白いカラスはそう呟いて飛び立ち、夕暮れに吸い込まれて行った。

          曇り

          昨日の雨粒が桜に残るような春。 葉桜がポツポツと目立つ重苦しい曇り。 君が引越しするからとその手伝いで君と何もない部屋に2人。 君は本を読んで、僕は君の膝枕で現。 浮かぶ言葉を部屋の隅に投げ、君を見上げる。 凛と震える知性の眼。誇らしげに長いまつ毛がよく映える。 ああ、このまま何もないまま。君と、ただ何もなく、晴れることなく、降ることもない日々を。 どうか。