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「腑に落ちる」という感覚

最近アマプラで”ダンベル何キロ持てる?”を見て体を鍛え始めました。
どうも、いぜむです。

今回のテーマは”腑に落ちる”
自分の思考整理を兼ねて記事にしてみました。

”腑に落ちる”とは

ストンと言葉が身体に入ってくるような感覚、”腑に落ちる”。
そもそも”腑に落ちない”が正しい言葉の使い方らしく、”腑に落ちる”という言葉の使い方は近年認められたそうです。
漫画などの表現で”腑に落ちる”シーンをよく見かけていたので調べててそうだったのかーとなりました(小並感)

辞書で調べると”腑”とは物理的には”内臓”、精神的には”心、心根”を指す言葉。
”腑に落ちる”とは心に落ちてくる、あるいは心に沁み込んでいくようなイメージでしょうか。
心の食事と言い換えてもいいのでは?なんて思ったり(これについては後で追及記述する)

それは”納得”とも違う感覚

なんとなくですが”納得”とは違う感覚なんですよね。
これはもう完全に個人的見解なのですが、
・”納得”は自分以外(外側)から得た情報でスッキリする
・”腑に落ちる”は自分の中(内側)で整理してスッキリする
てな具合に内/外の違いかな?と思ってます。

”腑に落ちない/腑に落ちる”と”食事”

”腑に落ちる”って食事にとてもよく似ている。
自分にとって馴染みのある言葉はすんなり受け止めて呑み込める。
逆に馴染みのない言葉は簡単に受け止められず、すぐには呑み込められない。
アレルギー有無によって食べられるもの、拒否反応を起こしてしまう食べ物があるように、言葉にも拒否反応をおこしてしまうものがある。
言葉あるいは情報の消化不良がいわゆる”腑に落ちない”。
アレルギーではなく、食わず嫌いであったり、食べ方が間違っていたために食べられなかった場合、調べたり時間が経過してから食べられるようになることもある。
言葉も同様だ。自身の知識不足などのせいで理解やインプットに至らないことがあるが、調べたり時間経過で自分に合った理解に至ることがある。

食事と同じように大事にしたい

”腑に落ちる”という感覚を大事にしたい。
”嫌な予感”とか”直感”と同じくらい大事だと思う今日この頃。

甘く甘美に酔いしれる言葉
スパイスが効いて刺激のある言葉
薬のように苦く、だが身体に染み込んでいく言葉
毒の如く心と身体を蝕む言葉
スナックのように何度も手を伸ばしたくなる言葉
お味噌汁のようにほっとする言葉
火傷してしばらく痛みが伴う言葉

自分の体調やモチベーション・環境によって、どんな風に言葉が腑へ落ちるかはその時々でしょう。

すとん と落ちるか
じんわり と沁み込んでいくか
ぐさり と刺さるか
思い出しては傷口が開くか

慌てずゆっくりよく噛んで、余裕があれば消化するまでの感覚を忘れないで

心に沁み込むか否か―腑に落ちるか否か―自分のペースで言葉を腑に入れよう


そんな感じ。
おそまつでした。

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