ヒヤリハット15 エスパニョール鼠川、久々の現場につまづく

こんなヒヤリハットのお話しを、解説とともにご紹介します。

今回は、一度引退した人が、現場復帰した時のヒヤリハットです。

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エスパニョール鼠川、久々の現場につまづく

鼠川チュウ一郎。当年62歳。
その日、彼はいつもより早く起きました。

建設業に40年以上いましたが、2年前に定年を迎え、引退しました。
社長をはじめ、現場からも引き止める声も多かったものの、一つの区切りだと思い、決断しました。

引退後は、気が向くままに過ごそうとしました。

趣味を持とうと、ゴルフをやってみました。
一昔前であれば、男の趣味の代表ともいえる、そば打ちもやりました。
海外旅行のツアーにも参加しました。

どれも現役の時には出来なかったものでした。
いずれも楽しかったのですが、長続きはしませんでした。

そんな鼠川が、唯一続けられたのが、社交ダンスでした。
60歳を過ぎてから始めたので、体力的には厳しかったものの、上達が実感できるのが、楽しかったのでした。

そこで出会ったのが、ラータという女性でした。

彼女はスペイン人ですが、両親が長年、日本でスペイン料理店をやっていたこともあり、流暢に日本語を話すことができたのでした。

彼女の両親とは以前からの顔見知りでした。
そして彼女は、鼠川のダンスの先生でもありました。

彼女ともレッスンで一緒の時間を過ごす時間が多かったのですが、まさか結婚することになるとは、本人たちも含め、誰も想像できませんでした。

年齢差は33歳。自分の娘といってもよい年齢でした。
不思議極まる縁で、結婚に至ったのでした。

パートナーを得ると、今後の生活を守る責任感が生まれました。
彼の年金だけでは、十分ではありません。

仕事を辞めてからもウツウツとしてた仕事欲もありました。
そこで以前勤めていた会社の社長に、仕事について相談したところ、現場復帰となったのでした。

62歳の再就職。
給料は引退前よりは少なくなりましたが、2人が生活するには十分な額をもらうことが出来ました。

今日が、エスパニョール鼠川として、最初の仕事日になるのでした。

鼠川は、ラータにいってきますと言い、キスされて送り出されました。

「あ、鼠川さん、おはようございます。」

職場に着くと、猫井川ニャンが声をかけてきました。

「おう、おはよう。
 猫井川だったな。
 今日からよろしくな。」

猫井川は、鼠川が引退した後に入社しました。
そのため、しっかり声を交わすのは今回が初めてです。

「あと、わしはエスパニョール鼠川だからな。」

勢いで言ってしまった改名設定でしたが、案外本人も気に入ったらしく、これで押し通すようです。

猫井川は、苦笑いしか出ませんでした。

「鼠川さん、おはようございます。」

事務所には、保楠田、そして羊井、犬尾沢たちも来ました。

「えっと、今日からエスパニョールさんは、どの現場に行くの?」

保楠田が、尋ねました。
すると、犬尾沢が言いました。

「社長から俺の現場にと聞いてますので、一緒に来てください。」

「おう。任せとけ。」

鼠川の返事に、犬尾沢が一言添えました。

「ちょっとブランクがあるので、徐々にカンを取り戻す感じでやっていって下さいね。
 あまり、最初から飛ばさないようにしてくださいよ。」

「大丈夫だ。たった2年のブランクなど、問題ないわ。」

そう言って、自信満々に笑う鼠川に、安心感とともに一抹の不安もよぎるのでした。

「それじゃ、現場に行きましょう。」

犬尾沢、保楠田、猫井川と鼠川は、昨日の現場に向かいました。

「・・・以上が、今日の仕事の段取りです。
 猫井川は、コンクリート打ちの準備をしてくれ。
 鼠川さんは、猫井川と一緒に作業して下さい。

 鼠川さんは、初日なのでムリしないようにしてください。
 猫井川への指導もお願いしますね。」

犬尾沢が全員の役割を伝えると、それぞれ仕事に移りました。

「猫井川、今日は何の検査するんだ?」

鼠川が聞きます。

「配筋と型枠です。それが終わったらコンクリートです。」

「そうか、昔は自主的に検査やるだけだったんだけどな。
 どんどん厳しくなって、立ち会ったりするようになったな。」

「そうなんですか。
 コンクリート打てるようにシュートと、バケットの準備とかしていきましょう。」

犬尾沢たちが検査の準備を進めている一方で、猫井川たちはコンクリート打ちの資材を準備しようとしました。

猫井川は、いつも犬尾沢に言われているように、小分けして材料を運んでいきました。
その様子を見ていた鼠川は、少し口を尖らせて言います。

「そんなものはな、ある程度まとめてもっていけばいいんだよ。」

「いや、以前そうしたら犬尾沢から怒られちゃって。
 足元が見えなくなったりするのはダメだと言われているんですよ。
 あまり抱えすぎると、また怒られちゃいます。」

「あいつも、慎重になったなー。
 任せとけ。これくらい運べるわ。」

そういうと、鼠川は一人で大きなコンパネの板を抱えると、運び出しました。

「鼠川さん、一緒に運びますから、ちょっと待って下さいよ。」

「大丈夫だ。こんなのはよく一人で運んでた。」

あまりに自信満々のため、それ以上言うのもなと、鼠川のやりたいようにさせました。

見ると、鼠川の足元はややふらついている様子もありますが、しっかり歩けているようでした。

「鼠川さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。わしはエスパニョール鼠川だからな。」

「ははは、ずっと言ってますが、それって何ですか?」

「それはな・・・」

と、鼠川が答えようとした時でした。

鼠川のつま先が、固いものにぶつかりました。

いきなり足元がぐらつく鼠川。
力の入れようがありません。

前のめりに倒れこみ、そのまま地面に転んでしまったのでした。

「鼠川さん、大丈夫ですか!?」

猫井川が、大急ぎで駆け寄り、声をかけます。

「う~ん、大丈夫だ。
 コンパネがうまいことクッションになってくれた。」

どうやら転んだ時に、コンパネが先に倒れ、鼠川と地面の間に入り込んでくれたようでした。

「怪我はないし、足も痛めてない。
 大丈夫だ。」

「驚きましたよ。気をつけてくださいよ。」

と、二人してホッとしてたところ、

「コラー!」

犬尾沢の怒鳴り声が響き渡りました。

「猫井川、なぜ一人でコンパネを運ばせてるんだ!
 鼠川さんも、無理するなといったじゃないですか!!」

猫井川も鼠川も、その怒鳴り声にしゅんとしてしまいます。

「昔はこれくらい平気だったのに。」

鼠川は、小さくつぶやいたのでした。

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ヒヤリハットの解説

引退した鼠川が2年ぶりに職場復帰し、その初日の出来事です。

冒頭は鼠川のモノローグのような感じだったので、主人公が変わったかのようになってしまいました。

職場で働く人には、それぞれ事情とドラマがあります。
鼠川にもドラマがあるのです。

なぜエスパニョール鼠川などと言っているのか。
答える前に、転んでしまったのですが、どうしたもんですかね。

さて、今回のヒヤリハットは、転倒です。

鼠川は、定年を迎えてからの職場復帰ですので、他の人たちよりも高年齢です。

少子高齢化がますます進む時代。
人生100年時代構想会議というものが、厚生労働省でも開かれ、もはや60歳定年などはありません。(鼠川は60歳で定年しましたが。)
70歳やそれ以上の年齢でも、労働力として期待されています。


実際に60歳を過ぎても働く意欲が高い方も多いです。
一度定年を迎えた後も、職場に残り、後輩の指導などで活躍される方も多いです。鼠川はこのパターンですね。

高年齢者の方が仕事を行う場合に、特に注意を払わなければならないのが、加齢による身体機能の衰えです。

誰でも年をとると、筋力は衰えますし、眼や耳も弱くなります。
これは避けられません。

一方では、それを認めたくないのも人間の心理。

若い時の感覚で仕事をしていると、腰を痛めたりすることも少なくありません。

特に多いのが、転倒事故です。
わずかな段差でつまづいたり、照明の暗いところで足を踏み外したりの事故が増えます。さらには、転倒で骨折など、重症化、治療の長期化するケースも増えています。

もう少し今回の話について、続けます。

年齢に関係なく、一つのことに集中すると、他のことが疎かになりますが、荷物を運ぶことに集中すると、足元への注意が行き届かなるのです。

大きな荷物を運ぶ時は、高齢者であろうとなかろうと、止めて、一緒に運ぶのが安全ですね。無理をしすぎないことが大事です。

また、あらかじめ、つまづく要素を取り除くのも大切です。
屋外であれば、あまり石がないルートを通ったり、目につくものは取り除けます。倉庫や工場であれば、通路に荷物を置かないことを徹底しなければなりません。

忘れても、すぐにハッと思い出させるように、目立つ掲示をすることも大事です。自分も周りの人も注意しなければと、思い出す環境づくりも事故予防に大切です。

高齢者の方と仕事する場合は、安全に仕事ができるようにしなければなりません。障害物をなくしたり、案内や掲示を大きな文字にしたり、警報音を大きくしたりなど、様々な工夫が必要になります。

転倒事故などを本人だけの不注意で済ましてはいけません。
会社、同僚、そして社会全体で取り組む必要があります。

高年齢労働者が働きやすい職場環境作りは、今後すべての業種で課題となるでしょう。

今後は、鼠川が加わったので、そのようなヒヤリハットも取り上げていけたらと考えています。

今回のヒヤリハットのまとめ

ヒヤリハットの内容
コンパネを1人で運んでいたら、石につまづいて、転んだ。

対策
1.重いもの、大きなものは1人で運ばない。
2.通路の障害物をなくす。または少ないルートを歩く。
3.足元への注意喚起を行う。

私は労働安全コンサルタントとして、職場での労災防止についてのブログを書いております。
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清文社さんより、安全に関しての小冊子を出しております。


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