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ラブレーの海

いわゆる文学で、『海』のモチーフはよく用いられる。と堅いことをいわなくても、海は広くて大きいから、どうしても、ものを書くとき、題材になんだろう。

書かれた海のなかでも、好きなのは、ラブレーの描く海だ。
ラブレーの海は、搾りたてのミルクのように栄養が詰まっているふうに感じる。豊かな海にかかせない猥雑なとろみもある。パンタグリュエルの盃から飲み干せば、野蛮な活力が湧き上がる。

いくつもの島がある。まだ発見されたことのない奇天烈な風習と種族がある。伝説と狂気のなかからラブレーが引き上げた新大陸。陽光に輝く南国の楽園で旅人は化物に出会う。おっかない化物はけっきょく見知ってるはずのものの戯画で、よくみればおかしい。

ラブレーの海は、凍りつくこともある。あらゆる声と音楽が氷になって結晶化して、綺麗な変な物体になっている。一たび溶けだせば元の声や音楽として囁き・鳴る。つまり消える。ちょっとがずっとになり、ずっとがちょっとになる。

ラブレーの海は、のんびり、いそいそ、御都合主義で、気紛れで、穏やかで、命とりで、賑やかで、活き活きした、夢で織られた海だ。


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