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日本語学習者が作文を書く時、越えなければいけない「2つの壁」を明確化する

ヒューマンアカデミー社、教育実践Ⅲ 中上級者向け授業のやり方「作文」編がありました。

「読む」「聞く」「話す」「書く」の4技能の内、日本語学習者の「書く」力を伸ばすためにはどんな授業をしたらよいのか。

私は、日本人が日本語を使う上でも、おそらくは学習者が自国の母語を使う上でも、「書く」は他の3要素とは次元が異なると考えます。

人間であれば、誰でも聞いて話しますし、多くの人は読みます。しかし、書く人、特にある程度まとまった文章を書く人は「少数派」とも言えるかもしれません。故に慣れないことをする「力」を伸ばすのは難しい。

実際私にしても、このnoteを始めて、毎日「書く」ようになりましたが、自分の言葉で作文することは並大抵のことではなく、日々投稿する多くを人の文章の「引用」に頼ってしまうことがたびたびあります。

「読む」「聞く」「話す」は、その行為をした端から世の中からは消え去っていきます。残るとしても自分の頭の中。もし世の中に残そうとすれば(大層な話、自分の生きた証として残そうとするならば)「書く」しかないのです。(今時は録音する録画する、ユーチューバーという方法もありますが、その方がもっと難しい?)

故に「書く」ということは、「やりたい」とは思うのですが、なかなかできない、めんどくさい。自分がおもっているのだから、他人もそうだろうと想像します。外国人学習者しかりです。

MA先生のテキストでは、
「書き手は母語だと、自分で自分をモニターしながら書き進めているが、第二言語(学習途中の言語)でとなると、このストラテジーをなかなか使えない。(中略)作文担当の教師は、このメタ認知ストラテジーを使って書くレベルを目標にしなければならない。今日の文型を正しく使えるのが作文の目標なのではなく、一貫性(コヒアランス)と結束性(コヒージョン)のある文章を、「あれこれ」考えながら書き進めることができたのか、が授業目標なのである」
としています。

ここまで書いたように、日本人でも母語(日本語)で「自分で自分をモニターしながら書き進める」=「メタ認知ストラテジーを使って書く」ことは難しい。おそらく外国人学習者の多くも同様でしょう。

とすると、多くの外国人学習者は、「日本語という壁」を越え、「メタ認知ストラテジーを使うという壁」も越え、2つの壁を越えないと「熟達した書き手」とはならないのです。

さきほど引用したMA先生のテキストでは、「メタ認知ストラテジーを使って書く」ということを、「一貫性(コヒアランス)と結束性(コヒージョン)のある文章を、『あれこれ』考えながら書き進める」ということばに置き換えていましたが、この「一貫性」と「結束性」がまたわかりにくい。そのまま辞書を引いてもピンとこなかったのですが、ネット検索しているうちに、当てはまりそうなものが見つかりました。

(「日本語の談話の結束性と一貫性の分析」マラナタキリスト教大学文学部日本文学科2012)
「結束性」
談話又はテクストにおいて、それが内容的にまとまりのあること(情報の連続性)を示すしくみ。文法的、語彙的手段によって表示することができる。
文法的手段としては
(1) 旧情報の内容を受けてそれを人称代名詞や指示詞で指示する。
(2) 先行する分のある部分を省略したり他の語に置き換えたりする。
(3) 接続詞を使用する。
語彙的手段としては、語彙の反復(下位語と上位語間での反復や同義語の反復)がある。
「一貫性」
話者どうしが共有する知識などによってもたらされ、発話を結びつける。
又は談話を一つ意味のまとまりとする要素の一つ。
語や表現間の関係が文法的、語彙的手段によって示される表面的な結びつきである結束性に対して、
一貫性は表面上には現れず、話者動詞が共有する文化的、社会的な知識などを通して発話と発話を関係づけるものである。
(ここに引用したのは、「結束性」と「一貫性」の定義だが、この後本論ではその例示がされていて、それはそれで興味深い)

私の理解でいくと
結束性→文法や語彙で示される「表面的な」結びつき
一貫性→書き手と読み手が共有する、文化的・社会的な知識などを通して示される「内容的な」つながり
であって、この二つが整って初めて、書き手の言いたいことは読み手に伝わる文章となり、「熟達した書き手」の書く、文章となるということです。

外国人学習者が日本語で「書く」場合、「共有する文化的・社会的知識」が比較的少ないことが、より「書く」ことを難しくするでしょうし、「人間として共有する文化的・社会的知識」が何なのかを探ることが、「一貫性を高める」鍵になるとも言えます。

この「結束性」と「一貫性」を実現を、自分で自分をモニターしながらできればそれでよし。
できなければ、それをペアの人に話して、その反応を見ながら(つまり、相手が理解可能であるかを確かめながら)「結束性」と「一貫性」を高めて文章にさせていくことが、我々が日本語教師として実現していくべき授業であると理解しました。

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