【#短編小説】一眼レフ(この世界は君にとって優しくない、されど君の世界はとても美しい)
大人になってまで、こんなことを頑張らなければならないとは思ってもみなかった。
シャワーをあびる。
髪を洗う。
バスルームから出て、髪を乾かす。
そんなことすらもまともに行なえぬ日々が、いつしかあたりまえとなっていた。
母が言うには――――幼い頃の僕は夕日を見ていつも泣いていたらしい。綺麗すぎるから、などという理由で。
(僕はまだ、夕日を見て泣けるのだろうか。朝日に怯え、照らされながら、泣くことはあるけれど)
泣けば泣くほど、涙の価値は下がるのか。多分、そんなことはない。哀しみに暮れる日々においては、涙は一粒20セントほどの価値を持つからだ。
(つまりは、20セントが日本円で幾らになるのかを知らなければ、観賞価値しかないということだ)
さて、僕が生き残るためにはなにをすべきだろうか。飯を食うことか、日に当たることか、はたまた、良い睡眠ができることを願いながら床につくことか。それとも、世界を這いずり回る確信的邪悪に取り込まれぬよう、布団の中に身を隠し続けることか。
否。
そうではない。僕の部屋には一眼レフがある。一眼レフがあるだろう。それを手に取れ! 手に取るんだ!
「そのカメラを手に取るんだ!」
センサーはフルサイズ。レンズは24ミリのF2。どちらも外装は銀色だ。
(其れは月の色である)
ファインダーを覗けば僕の部屋が見えるだろう。だから僕は深いグリップをしっかりと握り、ファインダーを覗くのだ。
「僕の部屋にはゴミ箱がない。何故ならば間違って大切なものを捨ててしまう可能性があるからだ」
設定はmonochrome、視界はフルカラー。それが一眼レフだ、僕のカメラだ。
「シャッターをきれ!」
絞り開放、F2のままで。
「聞き慣れたシャッター音」
カメラの背にあるモニターに、ゴミ箱とオモチャ箱をまぜこぜにしたかのような部屋がうつし出された。
「僕の部屋」
白黒で、僕本来の視界より広くうつし出された。
「美しいか?」
「美しいか」
さあ、散歩に出かけよう。カメラを持って外に出てみよう。
「此の際靴下は左右別々で良い、だが、靴だけは左右揃え」
今は真夜中。このカメラさえあれば、僕は空気の中で呼吸をすることができる。
街灯は全て、夢の宝石だ。
でいぐわなどうがなだうれ、うれでいぬぎぬすぐにんたいと。
おわり
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