いたばしさとし賞文学賞2022

長編部門 
プロトコル・オブ…ヒューマニティ 長谷敏司
前半は、主人公とAI義足の関係構築の物語がすすみ、人身体の意義を再発見した思いで読んでいた。中盤から父の介護が織り込まれ、認知症で父の人間性崩壊に直面する主人公の様子は真に迫っていた。父の介護に挫折しつつもAI義足をとおした身体性の再構築にいどむ主人公の強い思いに奮い立たされた。文句なしの今年のベスト長編だった。

短編部門
主観者(「法治の獣」収録) 春暮康一
遠宇宙でのファーストコンタクトの困難さを描いた良作。地球外生命との接触を喜び、更にその生態に驚きの連続だった主人公たちだったが、知性のありかたは我々が通常思っているとおりとは限らない。コミュニケーションをとろうとした善意の一手がその星の生物を滅ぼしてしまうアイロニーは泣ける。読後、知性について自分自身の安易さを思い知らされ、トンカチで殴られたような気分だった。

映像部門
機動戦士ガンダム〜ククルス・ドアンの島 安彦良和監督作品
ガンダムtheORIGINEの番外編。脱走兵とその保護する戦災孤児たちの物語。製作中にロシアによるウクライナ侵攻がおこったため、計らずも現代的意義の深い作品となった。戦場での民間人殺しに耐えかね脱走したドアンが孤児を保護するのは罪滅ぼしでもあり、実存の回復のためでもある。戦争という巨大な流れに逆らい、ひとりの大人としての責任を貫こうとすることは、兵士として戦場で戦う以上に困難な道だろう。物語はあれで完結していない。ドアンの問題意識は我々に受け継がれねばならない。

漫画部門
チ。 魚豊
架空のヨーロッパ中世における架空の地動説をめぐる物語。P国における地動説弾圧の中、真実をもとめて諦めない人々の人生が物語をつないでいく。弾圧は過酷であり、描写も残忍だ。しかし知を探究することの執念をこれほど強烈に描いた作品もないだろう。とにかく圧倒されながら読んだ。

一般部門
古代日本の官僚 虎尾達哉
律令国家のはじまりにおいて、官僚たちがいかにだらしなく、サボりまくっていたかという楽しい一冊。といってもエンタメではなく、ちゃんとした教養本。豊富な資料から当時の官僚の姿を抜き出し、当時の朝廷が地方豪族の扱いにたいへん苦労していたことがよくわかる一冊でした。

キャラクター部門
オリオン太郎 「大日本帝国の銀河」林譲治
 なんともすっとぼけた宇宙人。地球人とは文明の差がありすぎて虫ケラ同然なので悪意をまったく持っていないのだが、交渉にあたる地球人からにとっては憤懣やるかたない存在でした。
冗談をひとつも言わないのに、一挙手一投足に大爆笑させていただきました。
護堂森 「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」長谷敏司
 主人公にとって憧れであり、壁でもある偉大なダンサーのはずだったのだが、中盤から認知症老人として主人公を困らせる。家族の介護はほんとに大変。一番大変なのは、敬愛する親が目の前で人格崩壊をおこしていくのを見ているしかないとこだろうな。それでも主人公にとっては偉大なお父さんでした。

人物賞
ルー大柴
仮面ライダーBLUCKSUNでクズ中のクズな総理大臣を演じました。劇中、ただただ憎たらしく、これっぽっちも共感できない人物を完璧に演じ切りました。まさに名演技。
津原泰水
まさかこんな急にお亡くなりになるとはおもませんでした。数々の名作を送り出したその真摯な製作態度は敬服に値します。歴史に残る大作家なのに、私のようなものと気安く交流してくださり、とても感謝しています。どうか安らかに。

再読賞
ヒッキーヒッキーシェイク 津原泰水
引きこもりたちを煽って3D人物の造形をさせた主人公は実は病に犯されており、引きこもりたちがやりがい、生きがいを実感したその時に、すでにこの世にいなかった。
残されたものたちに偉大な影響を残しておきながら
、本人はわけも言わずに消えさってしまう。
その生き様、死に様が津原さん本人に重なります。

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