いたばしさとし文学賞2021

 いたばしさとし文学賞2021発表です。 今年はコロナ禍で引きこもっていたことが多い一年でした。 今年は先ず話題の作品「サハリン島」を読み始め、その後「三体3」が出て、「クララとおひさま」が出ました。なにこれ、楽しすぎでしょ?
 これらを同時進行で読んでいたら、今度は短編集のラッシュが来ました。4月に出た「ポストコロナのSF」がいきなり傑作揃いで何度も読み返しました。
 NOVA2021夏号も傑作揃い。そしたら「日本SFの臨界点」が出て「異常論文」が出て、「時間飼ってみた」が出ました。そしたら9月に宝樹の短編集「時間の王」、年の終わりには劉慈欣の短編集「円」。 いや。もう笑うしかねぇ。
 これはもう実生活に支障の出るレベルだ。お菓子好きの糖尿病患者がチョコレートの山盛りをプレゼントされたようなもの。
 ここ数年「SFの夏」なんて言われてますが、こんなに優れた短編が集中することってあっていいんですか、ちょっとおもしろすぎですよ。 今年はとにかく短編で苦しみました。いや、楽しみました。最後の最後まで選べませんでした。候補を出すことすら憚れる感じ。こんなすげぇ年は無い。 でも、選びました。
「それかよ!」って方はどうかご勘弁ください。 この賞は単なる私のお遊びです。 この一年に自分が読んだ本の中で年末になってもこれが一番と思い浮かぶ作品を勝手に懸賞しちゃえと言う自己満足ですので、お許しください。
そんなわけでいたばしさとし文学賞には権威がありません。判断基準ありません。受賞者に何の良いこともありません。 この世界の片隅で一読者にすぎない私が感心したことを文字にしてみようと言うだけなのです。 そんなわけで、いたばしさとし文学賞2021の発表です。

長編部門賞 荒巻義雄「もはや宇宙は迷宮の鏡のように」

荒巻義雄メタSF最後の作品。数千年にわたる主人公の魂の放浪の物語を圧倒的なイマジネーションで描きりました。作者の教養が津波のように襲いかかってきて途中何度も頭がくらくらしました。読書の醍醐味を満喫させていただきました。

短編部門賞 津原泰水「カタル、ハナル、キユ」

短編集「ポストコロナのSF」収録の一作品です。 風土病に犯された小国の文化、その背後にある思想を限られた字数で描き切った。文化人類学的な異常論文SFでもあり、音楽SFでもある。描写は絵画的で、世界と断絶したハナルの静寂は絵画のように読者をとらえて離さない。

短編部門賞特別賞 「ポストコロナのSF」「異常論文」「NOVA2021夏号」「時間飼ってみた」「日本SFの臨界恋愛編・怪奇編」の編者および作品を寄せた作者のみなさん。劉慈欣さん、宝樹さん。

 どれも傑作ぞろい。最後の最後まで悩みました。こんなに悩めるのは最高に楽しいことでした。 ありがとう。

一般部門賞 中谷巌「マクロ経済学入門第6版」

 かつて竹中平蔵とともに新自由主義を煽っていた中谷は2008年に誤りを認めて転向した。多くの大学で使われている中谷の教科書は第6版で大きく内容を改め、財政と貨幣の関連も十分説明しており、マクロ経済の解説として更に優れたものになりました。

映像部門賞① 山田洋次監督作品「男はつらいよ、お帰り寅さん」

 渥美清の死後の最新作。中年となった満男と泉の人生はすれ違っており、偶然の出会いから再び恋心に火がつく。しかしやはり人生は変わらない。誰もが自分の人生を噛み締めて受け止めるしかない。平凡な人々への愛に溢れたシリーズ最終話だった。

映像部門賞② さんいん中央テレビ製作「しまねがドラマになるなんて」

 島根の高校生を主人公にしたミニドラマ。地元に閉塞感を覚える主人公が転校生への淡い恋心を切欠に、人々の人生と地元への愛着に目覚めつつ、自分の人生にむかって踏み出していく。平凡な人々への愛に溢れた地元らしい作品だった。

漫画部門賞 BOICHI「彼はそこにいた」

短編集「無名の戦士」収録の一作品です。AIによって全てが管理された未来。主人公は敢えてトラック運転手として働き、労働によって人間としての証を立てようとする。時代の波に伏わず個人の意志と尊厳を貫く主人公と少年の姿に胸を打たれた。

キャラクター賞 蜘蛛

 坂永雄一「無脊椎動物の想像力と創造性について」から またムシです。京都市を糸で覆い尽くした蜘蛛たち。巨大な繭の中で独自の生態系と情報系をつくりだし、人類にとって最大の脅威に成長した。悪意の欠片もなく、ただ素朴に生きるだけで人類を追い詰める姿がSFにふさわしい。

人物賞 樋口恭介

 早川書房の社員でもないし編集者でもないのに、SFマガジンの企画をtwitter上でぶちあげて実現してしまう行動力は特筆に値する。若い時は失敗を恐れず何でもやるべきだと言われるが実際にやれる人は多く無い。今後も懲りずに頑張ってほしい。応援の意味も込めて人物賞です。

ごめんなさい賞 エドゥアルド・ヴェルキン「サハリン島」

 ぜったい面白いんですけど読み終わってません。前半を読んだところで積読の山の中に埋もれてしまい、行方不明になりました。現在も懸命な捜索が続いています。 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 以上、いたばしさとし文学賞2021でした。 今年も作品の書き手や送り手のおかげで楽しい時間を過ごすことが出来ました。 現実の方の閉塞感が尋常ではないので、創作作品が現実に負けることなく盛んなのはとても良いことだと思います。 優れた創作作品は現実への異議申し立て、現実を拒否する力を持ちます。
 私たちはしばしば現実に打ちのめされて挫けそうになりがちです。しかし創作作品のおかげで今日を生き、明日に向かう意欲を維持することが出来ています。想像力は生きる力と言って良いでしょう。
 我々読者に作品を提供してくれた作家さんはじめ、関係者のみなさん、今年もありがとうございますした。

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