死臭の愛 800文字ショートショート 90日目

土で汚れた頬を指先で掻き、青黴を息で散らした。目に入った新しい茸を腕から毟り取り、地面へと叩きつける。

徐々に腐敗していく身体に恐怖を覚えながら、骨が見え始めている腕を大きな葉で包んで隠した。誰が見ても悪足掻きにしか見えないけれど、人間として生きて死ぬためには必要な精神力だ。

墓地へ攫われて一ヵ月が経とうとしている。腐った卵と溝鼠を混ぜた匂いとともにあの化物は現れた。月明かりにさらされた“あれ”の見た目に、悲鳴を上げて逃げようとした。

しかし足がすくんでしまってどうしようもないまま、腐敗した脳味噌の液体を染み込ませた身体に抱きかかえられて寂れた墓地にきてしまった。

化物は同じ食べ物を私に与えようとしてきた。恐怖で蝕まれていた頭がだんだんと冷静さを取り戻してきた頃。
差し出されたミミズを叩き落とし、逃げようと腕を振り切った、はずだった。

ぬめりと不快な柔らかさが唇にふれた。耐え難い臭みと粘りが口内へと侵入していく。信じられない出来事に持てる力の限り抵抗した。

腐りかけのくせに力強い腕によって押さえられた頭を振りきれず、大きく息を吸い込もうとしたその時。ごくりと体内へ取り込んでしまった。
「ぅえお“ぇぇぇ」
ひりひりと鼻を突き抜ける悪臭と異常信号を点滅させる身体の細胞たちが暴れてその場に倒れ込む。

全身が焼けていくような熱の放射に痛みを訴えることすら叶わず、地面に生えた雑草を握りつぶした。

その際に飲まされた“何か”がどうやら仲間を増やすためのもので、気付けば化物の異臭も気にならなくなっていた。おかげで自分は半化物と化しているが。
「何?」

先程からこちらを虚ろな瞳で見つめる化物に問いかけた。ミミズを突きつけてきたらと思うが、枯れた花束を大事そうに抱えている。

ため息を漏らして差し出された花束を振り落とした。
人生を狂わせた奴から愛をもらうならこのまま死んだ方がマシだ。

中指を立てると悲しそうに化物は崩れた。

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