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【解説③】改正「給特法」によって働き方改革は進むのか?~給特法改正までの流れ~

前回の記事はこちら↓↓↓

◯前回の記事では、まず「給特法」それ自体についての解説を、望まない部活動顧問の断り方を交えながらさせていただきました。

◯今回の記事では、それではいったいなぜ「給特法」の改正が行われたのかについて解説していきたいと思います。

①1週間60時間勤務が平均的な教員像

まずは以下の資料をご覧ください。

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これは、文部科学省が2016年(平成28年)度に集計して公表した「教員勤務実態調査」から抜粋したものです。
*平成29年4月28日に速報値を公表。平成30年9月27日に分析結果と確定値を公表。

◯ご承知のとおり、法定労働時間1日8時間(1週40時間)です。

◯これに対して、教員の1日の平均勤務時間を校種別に見てみると、小学校で11時間15分、中学校で11時間32分

◯これを1週間平均の勤務時間にしてみると、小学校で56時間15分、中学校で57時間40分という計算になります。

◯上記の文部科学省の調査の中でも、

1週間当たりの学内総勤務時間について、教諭(主幹教諭・指導教諭を含む。)のうち、小学校は 55~60 時間未満、中学校は 60~65 時間未満、副校長・教頭のうち、小学校は60~65 時間未満、中学校は 55~60 時間未満の者が占める割合が最も高い

と報告されています。

◯大雑把な捉え方になってしまいますが、週あたり60時間程度働いているのが平均的な公立学校の教員像といって差し支えないと思います。

◯ちなみに、その週60時間を超えて勤務している教員は、小学校で33.5%、中学校では57.7%であることがグラフから読み取れます。

中学校ではむしろ60時間以上働く教員のほうが多いということです。当然、部活動の指導の有無が大きく影響しているのでしょう。

②週に60時間勤務は「過労死ライン」である

週に60時間勤務という表現をすると、実態が見えづらくなってしまうので、もう少し細かく考えてみたいと思います。

◯週に60時間働いた場合、週に20時間の時間外労働が発生しています。1日平均でいうと4時間の時間外労働をしていることになります。

◯一般的な公立学校の教員の勤務時間の定時は8:15~16:45ですので、4時間残業した場合、退勤時間は20:4521:00前後に学校を出るというのは、現場感覚的に見ても、この調査にはそれなりに労働実態を反映した数値が示されているのではないかと思います。(つまり、過小報告や改竄などの人為的操作による大きなズレは感じないということです)

◯ここからが重要です。週に60時間勤務するということは、週に20時間の時間外勤務が発生しているということになりますが、これを1ヶ月平均にすると、80時間の時間外勤務をしていることになります。

週に60時間勤務=月に80時間の時間外労働と覚えておくとよいでしょう。

80時間を超える時間外労働(月に20日出勤とすると、1日4時間以上の残業12時間労働)は、いわゆる「過労死ライン」とされているので、週60時間を超えて勤務している教員が小学校で33.5%、中学校では57.7%であることが判明したこの調査の意義は、過労死ラインを超えて働く教員が小学校で3割、中学校においては6割にも及ぶという悲惨な労働実態を明らかにしたことです。

日本学術会議がまとめた「労働時間の規制の在り方に関する報告」は、これまでのさまざま研究を総合して考えると、週55~60時間以上の時間外労働は脳や心臓疾患のリスクを通常の2~3倍に高めるとしています。男性は60時間、女性は45時間の時間外労働時間を超えると、過労死の危険性が高まるとも報告されています。

さらに、労働時間の延長によって生活時間が減少すると、労働者の精神状態が悪化することもわかっています。特に睡眠時間の不足は、精神状態だけでなく、定年後の認知症リスクを高め、がんの発生率を上昇させるとのデータもあります。このように長時間労働による心身への負担は、多くの研究で裏付けられており、これらの研究の成果が過労死ラインの根拠になっています。

③(平成29年6月22日)
「教員の働き方改革」を中教審に諮問

◯この「教員勤務実態調査」の速報値集計(平成29年4月28日)を受けて、平成29年6月22日に松野博一文部科学大臣(当時)は、

新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について

という掲題で「中央教育審議会(中教審)」に諮問しました。

◯文部科学省には、中央教育審議会(中教審)という有識者の組織が設けられています。文部科学大臣は重要な教育施策を決定するにあたって、この「中教審」「諮問」(有識者または一定機関に、意見を求めること)します。

◯この諮問文の中で、

……学習指導のほか,生徒指導,部活動,保護者や地域との連携など学校や教員に対する多様な期待は,一方で長時間勤務という形で既に表れており,公立の小・中学校の教員を対象に実施した教員勤務実態調査(平成28年度)の速報値によって,看過できない深刻な状況であることが改めて明らかになったものと受け止めております。
……これまでの施策を推進することにとどまらず,今回の教員勤務実態調査(速報値)の結果を受け,明らかになった課題に対し具体的かつ実効性のある取組を更に進める必要があります。
……教員が担うべき業務の精選・明確化などを通じ,教員の働き方改革を実質的かつ着実に実行することが求められています。
……以上のような観点から,国公私立学校を通じ,新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について諮問を行うものであります。

と諮問に至る背景が述べられ、

①学校が担うべき業務の在り方
②教職員及び専門スタッフが担うべき業務の在り方及び役割分担
③教員が子供の指導に使命感を持ってより専念できる学校の組織運営体制の在り方及び勤務の在り方

の3つのの事項を中心に中教審に審議を依頼しました。

◯そして、文部科学省から諮問を受けた中教審は、以下のように審議を進めていきます。

④(平成29年8月29日)
学校における働き方改革に係る緊急提言

◯まずは、学校における働き方改革特別部会が、「学校における働き方改革に係る緊急提言」という形で、下記の方針を軸とした緊急的な提言を行います。

【緊急提言】
1.校長及び教育委員会は学校において「勤務時間」を意識した働き方を進めること
2.全ての教育関係者が学校・教職員の業務改善の取組を強く推進していくこと
3.国として持続可能な勤務環境整備のための支援を充実させること

◯特に1については、下記のように、「勤務時間管理は,労働法制上,校長や服務監督権者である教育委員会に求められている責務である。」と強い口調で述べ、タイムカードや校務管理システムなどを導入して「勤務時間を客観的に把握し,集計するシステムを直ちに構築されるよう努める」ことを求めました。

勤務時間の可視化というのは「業務改善を進めていく基礎」であり、教職員の勤務時間を客観的に把握していない校長や教育委員会に「働き方改革」などできようはずもありません。

業務改善を進めていく基礎として,適切な手段により管理職も含めた全ての 教職員の勤務時間を把握すること。勤務時間管理は,労働法制上,校長や服務監督権者である教育委員会に求められている責務である。出退勤時刻の管理についてタイムカード校務支援システム等を導入する学校が増加しているものの,文部科学省が実施した「教員勤務実態調査(平成28年度)(速報値)」によれば,教員の毎日の退勤時刻の管理について「タイムカードなどで退勤の時刻を記録している」と回答した学校は小学校で10.3%,中学校で13.3%,「校務 支援システムなどICTを活用して退勤の時刻を記録している」と回答した学校は小学校で16.6%,中学校で13.3%にとどまっており,いまだ限定的である。 こうした実態も踏まえ,服務監督権者である教育委員会は,自己申告方式では なく,ICTやタイムカードなど勤務時間を客観的に把握し,集計するシステムが直ちに構築されるよう努めること。

⑤(平成29年12月22日)
新しい時代の教育に向けた接続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(中間まとめ)

◯文部科学省から諮問を受けた中教審の審議が「中間まとめ」として公表されます。

◯ここでは、
①学校・教師が担う業務の明確化を通じた役割分担と業務の適正化
②学校が作成する計画等の見直し
③学校の組織運営体制の在り方
④勤務時間に関する意識改革と制度的措置
⑤「学校における働き方改革」の実現に向けた環境整備

の5つの観点から具体的方策が示されました。

◯特に、①の学校・教師が担う業務の明確化においては、以下のように部活動が「必ずしも教師が担う必要のない業務」に分類されたことは画期的なことでした。

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◯また、④の「制度的措置」については、

勤務時間外に「超勤4項目」以外の業務も行われ,勤務時間が長時間化している状況を踏まえ,文部科学省は,公立学校の教師の長時間勤務の改善に向け,業務の総量を削減するに当たり,勤務の特殊性にも留意しつつ,勤務時間に関する数値で示した上限の目安を含むガイドラインを早急に検討し,それに実効性を持たせるための方策も併せて示すべきである。

勤務時間の上限規制の目安をガイドライン化することを示唆し、また、

給特法の在り方及び1年単位の変形労働時間制の導入については,中教審も含め,過去に数次にわたり検討がなされてきたが,給与の問題に加え,学校の組織運営,教師の勤務時間管理,教師の時間外における勤務の在り方などにも大きく影響する問題であり,結論が出されていない

と断った上で、最後に、

教師の勤務の特殊性や児童生徒の学びの質を担保するために持続可能な勤務環境の在り方も考慮しながら,給特法の在り方も含む教職員の勤務時間等に関する制度の在り方については,引き続き議論を進めていく必要がある。

「給特法の改正」「1年単位の変形労働時間制の導入」について議論を進めていくことがここで言及されました。

⑥(平成29年12月26日)学校における働き方改革に関する緊急対策(文部科学大臣決定)

◯中教審からの「中間まとめ」を受けて、12月26日に文部科学省は「学校における働き方改革に関する緊急対策」文部科学大臣決定という形でまとめます。

◯中教審の「中間まとめ」に示された5つの観点での改革について、文部科学省が中心的に実施していく内容を、緊急対策としてとりまとめました。

◯特に、運動部活動・文化部活動いずれについても、活動の見直しを促すガイドラインを作成するという言及は、スポーツ庁および文化庁のガイドライン作成へとつながっていきます。

運動部活動については,「学校における働き方改革に関する総合的な方策(中間まとめ)」を踏まえ,本年度末までに,部活動の適切な運営のための体制の整備や適切な活動時間や休養日についての明確な基準の設定,各種団体主催の大会の在り方の見直し等を含んだガイドラインを作成し,提示する。また,文化部活動に関しても運動部活動と同様にその在り方等について検討する必要があることから,ガイドラインを作成する等必要な取組を行う。

⑦(平成30年2月9日)
「学校における働き方改革に関する緊急対策の策定並びに学校における業務改善及び勤務時間管理等に係る取組の徹底について」(通知)

◯中教審の中間まとめを踏まえて取りまとめた文部科学省の「学校における働き方改革に関する緊急対策」を各都道府県の教育委員会の教育長に送付し、「学校における業務改善」「勤務時間管理等に係る取組の徹底」を求めます。

⑧ (平成30年3月)
「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」(スポーツ庁 )

⑨ (平成30年12月)
「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」(文化庁)

◯「教員の働き方改革」の推進していくためには「部活動の見直し」は欠かせない最重要課題であることから、すでに中教審「中間まとめ」の中でも必ずしも教師が担う必要のない業務という位置づけになっていました。

◯また、それを受けた「学校における働き方改革に関する緊急対策」では、活動の見直しを含めたガイドライン作成について触れられ、それら一連の流れを受けた形で、スポーツ庁・文化庁からガイドラインが示されたことになります。

⑩(平成31年1月25日)
新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)

◯中教審の審議が最終的な「答申」として取りまとめられました。これを受けた文部科学省は同日、「答申」を踏まえた働き方改革を強力に進めるために、文部科学大臣を本部長とする「学校における働き方改革推進本部」を設置します。

◯加えて、同日、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」も策定し、部活動のガイドラインと同様に勤務時間の上限の目安(時間外労働の上限目標を月45時間年360時間以内とする)を示しました。

○本ガイドラインにおける「勤務時間」の考え方
「超勤4項目」以外の自主的・自発的な勤務も含め、外形的に把握することができる在校時間を対象とすることを基本とする(所定の勤務時間外に自発的に行う自己研鑽の時間その他業務外の時間については、自己申告に基づき除く)。
 校外での勤務についても、職務として行う研修や児童生徒の引率等の職務に従事している時間について外形的に把握し、これらを合わせて「在校等時間」として、本ガイドラインにおける「勤務時間」とする(休憩時間を除く)。
○上限の目安時間
1か月の在校等時間について、超過勤務45時間以内
1年間の在校等時間について、超過勤務360時間以内
※児童生徒等に係る臨時的な特別の事情により勤務せざるを得ない場合は、
1か月の超過勤務100時間未満、1年間の超過勤務720時間以内
(連続する複数月の平均超過勤務80時間以内、かつ、超過勤務45時間超の月は年間6カ月まで)

○実効性の担保
・教育委員会は、所管内の公立学校の教師の勤務時間の上限に関する方針等を策定し、実施状況について把握し、必要な取組を実施。上限を超えた場合、事後的に検証。
・文部科学省は、各教育委員会の取組の状況を把握し、公表。 等

「月45時間、年間360時間以内」という数字は、平成30年6月29日に成立した「働き方改革関連法」(平成31年4月1日より施行)が規定している残業時間の上限規制であり、公立学校もこの民間の原則と合わせた形です。

「働き方改革関連法」では、労働者の過労死等を防ぐため、残業時間を原則として月45時間かつ年360時間以内とするだけでなく、繁忙期であっても月100時間未満、年720時間以内にするという上限が設けられています。これを超えると刑事罰の適用もあります。

⑪(平成31年3月18日)
「学校における働き方改革に関する取組の徹底について」(通知)

◯そして中教審の答申を踏まえ、文部科学省として、各教育委員会及び各学校において取り組むことが重要と考えられる「学校における働き方改革」を徹底するように、改めて各都道府県知事、各都道府県の教育委員会教育長等に通知を出します。

⑫(令和元年6月11日)
「経済財政運営と改革の基本方針2019(骨太の方針)」

◯安倍内閣の経済財政諮問会議が閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2019~『令和』新時代:『Society 5.0』への挑戦~」(骨太方針2019)において、教職員の長時間労働対策について、1年単位の変形労働時間制の導入に向けた取り組みを進めることが盛り込まれました。

⑬(令和元年9月16日)
変形労働時間制の導入に反対する署名活動を開始

◯10月4日から始まる臨時国会で「給特法」の改正法案が提出され、1年単位の変形労働時間制の導入が審議される可能性が高いことを受け、現職高校教員の西村祐二さん(斉藤ひでみ名義で活動)らが9月16日から、変形労働時間制の導入に反対する署名活動を、インターネット署名サイトのchange.orgで開始しました。

◯そして給特法改定案の撤回を求める署名約3万3000筆を、10月28日に文部科学省に提出しました。

⑭(令和元年12月4日)
給特法改正法が成立

◯しかし、文部科学省(萩生田光一文科相)は、10月4日から始まった臨時国会に、1年単位の変形労働時間制の導入を柱とする給特法改正案を提出し、10月18日には改正案が閣議決定され、12月4日に改正法が成立しました(12月11日公布)。

《まとめ》

◯ざっとこのような流れで給特法の改正が行われたわけですが、時間外勤務を「月45時間、年間360時間以内」とすることと、1年単位の変形労働時間制の導入という2つの軸が同時に進行しているので、いまいち分かりづらい部分があると思います。

◯とりあえずここでは、教員勤務実態調査を行ったところ、多数の教員が過労死ラインで働く過酷な長時間労働の実態が明らかになったので、文部科学省が本腰を入れて「教員の働き方改革」に乗り出したということが分かってもらえればよいのかなと思います。

◯次の記事では、もう少し具体的に、「給特法」の「何が」改正されたのかについて解説していきたいと思います。

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