消 息 (消息七)
◎ 伊豆にて
菊 池 與 志 夫
私はいま伊豆の伊東の温泉宿に來て
ゐます。熱海の方から、於だやかな
入海の風景を賞し乍ら、峠を越江て
きたのです。熱海は金色夜叉のため
に餘りに有名ですが、濱邊もきたな
いし、例の――宮に似たうしろ姿や
春の月――といふ石碑も、いゝもの
ではありません。
熱海の町は山から入海を右にみ乍ら
みおろすときには温泉街らしいいゝ
町です。そして山の樒柑畑はいゝ。
冬の午後いろづいたあの樒柑の樹の
したで、あたゝかい日をあび乍ら、
秋刀の歌でもうたひたい。今夜は月
が雲に深くとざされてゐます。夜更
けまで、くらい渚にたゝづんで、沖
の漁火をみてゐます。浪のおとをき
くと、柏崎の海のいろがうかむでき
ます。野瀨はいまごろ、大和の古び
た街を蹌踉と歩いてゐゐることでせう
(十月丗一日)
(越後タイムス 大正十四年十一月八日
第七百二十七日 三面より)
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ソフィアセンター 柏崎市立図書館 所蔵
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