見出し画像

素人野球漫談

 冬の暖かい日ほどいいもの

はない。東京では、十二月が

ら一月へかけて、思ひがけな

く、ぽかぽかとした小春日和

があつて、南向きの私の机で

は火桶もいらない。こういふ

ありがたい季節になると、毎

年のやうに、私は原稿紙をひ

ろげて何か書きたくなる。今

年は三月二十日から十一月卅

日まで、眞夏でもかまはず、

日曜祭日の悉くを野球で暮ら

した。今の私には野球がいち

ばん面白く思へる。新聞で御

承知だらうが、東京は今文字

通り野球狂時代である。どこ

の店でも會社でも、野球チー

ムを持たないところはない。

ちょっとした空地があると、

必ずバットのひびきがしてゐ

る。ことに休日には市中郊外

のどんなところでも空地とい

ふものは一つも見られない。

芝浦とか、月島、洲崎とかの

何千萬坪といふ埋立地に行け

ば、まるで戰塲のやうな有様

である。一望のもと悉くネッ

トとユニフォームである。二

組も三組もが入りみだれて、

とんでもないところからボー

ルが飛んで來る。このあひだ

も私は芝浦埋立地で試合した

が、投手の前へ他の組のセン

ターが立ち、三壘の前には又

他の組のライトが構へ、一壘

は他の一壘と尻合せといふ奇

妙な格好であつた。さういふ

時には勿論、こつちの外野は

他の組のダイアモンドに入り

こんでゐるわけで、全くお互

ひさまだから、誰も別に苦情

も云はない。さて試合が始ま

ると、先づ投手は第一球のモ

ーションといふところだが、

前述のとほり、バッテリー間

に他のセンターが立ちはだか

つてゐるので、それをよける

やうなカーブでも投げないか

ぎり、ホームベースをとほる

投球は絶對に不可能である。

そこで投手は、先づ第一に手

を右に振つて、まともに向き

あつてゐるセンターに、俺は

今から球をなげるのだから、

一寸わきへよけてゐて呉れと

いふ合圖をするわけである。

 ところが、そのセンターが

爲すことなき時はそれでいい

が、一朝好打を放たれて自分

の守備範圍へ球が飛び來つた

ときは、身は他の陣地にゐる

ことなどは忘却して、猛然と

球をめがけて爆進する。この

時には到底こつちの投手のや

うに悠々と手を擧げて合圖な

どをする暇はないから、時に

は投手や三壘、遊撃などと、

正面衝突をする。野球もこう

なると生命がけである。

 こういふやうなわけで、こ

う野球家が激增しては、勢ひ

空地の爭奪戰にならざるを得

ない。私のチームなどは、最

近ではあちこちとよそのグラ

ウンド借りまはつてゐるが

月島の埋立地でやる時などは

私は朝三時位から起きて行つ

たが、もういい塲所はない。

ないわけである。彼等は前夜

からネツトをはつて徹夜作業

をしてゐるのである。先人爭

ひとはこれのことだ。が、然し

近頃では、抜目のない東京人

のことだからネツト料といふ

ものを取つて、塲所をとつて

おいてくれる商人が出て來た

本年度の新職業である。又、

夏などには飲みもの店が、赤

や靑やの旗を風にひるがへし

て澤山でる。何分にもあたり

に人家のない廣漠たる埋立地

のことだから、これらの店は

大繁昌である。水をコップに

一杯二錢、冷しコーヒを五錢

で賣るのだが、一日に三十圓

位儲けるのは容易たやすいといふこ

とである。若いちょつと奇麗

な娘でも出しておくと、何し

ろ血氣さかんなスポーツマン

のことだから、我がちにその

店へかけつけてくる。暑い日

などには私のごときやせたも

のでもコーヒーを大コップに

八杯ものんだことがあるから

この商賣も時宜に適した新職

業といはねばなるまい。

 こふいふ風に野球が盛んに

なつたのは、正しく時代の進

歩であらうが、一面から云ふ

と、間接の原因は不景氣のた

めだと思ふ。野球は最も金の

かからぬ遊びである。折角の

休日を終日家にとぢこもつて

ゐるのも愚だし、さうかと云

つて、どこかへ出かければ三

四圓の小遣錢は直ぐ使つて了

ふのだが、野球をやつたので

はその五分の一もいらない。

誠に安上りである。からだも

壯健になるし、活氣も增して

くる。かなり激しくからだを

使ふから、勞働に對する練磨

にもなる。機轉と敏速なる判

斷を要するから、その方の修

養にもなる。さうして貴重な

る休日を、どこへ行かうかな

どと迷ふこともなく、野球を

やることに決めてさへおけば

何らの屈托なく終日愉快に暮

らすことができる。野球の功

徳は斯くのごとく大なりと私

は信じる。三十歳にもなつて

今更ら野球でもあるまいと家

のものは云ふが、私に云はせ

れば三十はおろか、四十、五十

の人でも大いにやるべきであ

ると思ふ。現に頭の禿げた人

或は五十に近い人がユニフォ

ームに身をかためて、ヒツト

を放ち、完全に走壘をしてゐ

るのを随分とみかけるやうに

なつた。この陰惨な不況時代

に直面して、せめて休日だけ

でも、明るい運動精神に終始

できるのは私の幸福だと思つ

てゐる。(昭和五年十二月)


(越後タイムス 昭和六年一月一日 
   第九百九十一號 四面より)


#野球 #草野球 #昭和初期 #芝浦 #月島 #洲崎

#越後タイムス #コラム #球春到来





ソフィアセンター 柏崎市立図書館 所蔵



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?