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「和」の精神を体現した大国主大神

日本では、八百万(やおよろず)の神などという言い方をします。それだけ、日本にはたくさんの神様がいるということです。そうしたたくさんの日本の神社(約8万社)を管理する最大の組織は、神社本庁というところになります。ここで本宗と仰がれているのが、伊勢神宮です。伊勢神宮のご祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)になります。そういう意味で、日本で最も高い地位にあるのは天照大神とも言えるわけです。天照大神の孫は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)であり、さらにその孫が初代天皇の神武天皇なので、現在の皇室に繋がる神様であり祖神です。

ところで、この天照大神系の神様の前に国を治めていたのは、大国主大神(おおくにぬしのみこと)という出雲の神様であることをご存じでしょうか。日本書紀によると、天照大神側の使者として、武甕槌命(たけみかづちのみこと)と経津主命(ふつぬしのみこと)という神様が遣わされ、大国主大神に国を譲るように迫りました。大国主大神は、息子たちと相談し彼らに国を譲ることにして、立ち去りました。これがいわゆる「出雲の国譲り」という神話です。その後、天照大神の孫である瓊瓊杵尊が、「天孫降臨」して、日本の国造りが始まるわけです。

日本は「和」の国です。聖徳太子が定めたという十七条憲法では、「和を以て貴しとなす」とあります。諍いをおこさず、仲良くすることがよいということですが、これが日本の精神でもあるわけです。

これを踏まえて考えてみると、大国主大神は日本の「和」の精神を体現した神様と言えるのではないでしょうか。国を治めていたところに、別の場所からやってきた者に「国を譲れ」と言われて、争うことなく国を明け渡したのです。国を治める者として、国を譲るという究極の行為をもってして、「和を以て貴し」となしたと言えるでしょう。

一般的に、日本の八百万の神様のなかで、頂点として奉られているのは、伊勢神宮の天照大神ではあります。しかし、「和」の国である日本、その建国の精神「国を譲れ」と迫った天照大神よりも、むしろ争いを避けて、国を譲った出雲の大国主大神側に宿っているのではないかと思えてなりません。

実際、大国主大神が奉られている出雲大社は、他のあらゆる神社とも違い、別格であることは明らかになっています。また古代日本の歴史は、記紀と呼ばれる「古事記」、「日本書紀」という歴史書によってまとめられているとされています。これらが成立した背景や状況を考えてみると、出雲の特殊性は浮き彫りになってきます。

このあたりのことについては、また機会をあらためて、いくつかに分けて整理をしたいと思います。まずは私たち日本人とは何者なのか、日本とはどういう国なのかについて、考えてみてはいかがでしょうか。その中で、出雲の大国主大神が実践した「国譲り」の精神について、少しでも考えてみてもらえたらと思います。そこには現代を生きる日本人が進むべき道について、ヒントがあると思うのです。

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