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【近代・前④】『イサック』~近世前半ヨーロッパの山場、三十年戦争~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『イサック』1巻表紙より

 近世の章の最初を飾った『アルテ』の記事にて、「中世」と「近世」の境界線として3つの大きな出来事を挙げたことを覚えておいででしょうか。3つの出来事とはすなわち、ルネサンスの開花大航海時代の始まり、そして宗教改革です。
 このうち前二つについてはそれぞれ『アルテ』『ダンピアのおいしい冒険』の記事で紹介しましたので、本記事では残る「宗教改革」について、この改革が生んだ大戦争を興味深い設定で描いたマンガとともに見ていこうと思います。

 まず、「宗教改革」とは何か。これは一言でいうならば、これまで基本的に一つの流派で統一されていたキリスト教が、二つの流派に分裂した運動を指します。
 『チ。』の記事で見ましたとおり、中世ヨーロッパにおけるキリスト教はまさに社会・文化を規定する支配的価値でした。しかし徐々に聖職者の贅沢などの腐敗が顕在化していったほか、教会組織の財政的搾取への不満が蓄積。中世末期にはこうした不満を背景とした反乱も発生しており、『チ。』が描いた宗教への反抗も、こうした状況をモチーフにしたものでした。

 この趨勢が決定的な局面を迎えたのが16世紀初頭です。教会が大聖堂改修費用を得るために「買えば罪が許される」という免罪符の販売を始めると、ルターなる男がこれを批判する文書を発表。この文書の内容が当時導入されつつあった印刷技術によって大量に配布されると、教会への反抗とルターの説く新しい教義が一気に広まり、ヨーロッパ社会を二分する一大運動へと発展していくのです。この旧来教会組織(カトリック)に対抗する新勢力を「プロテスタント」と言います。
 このキリスト教の二分化がヨーロッパに与えた影響は多数ありますが、最も大きな影響の一つとして挙げられるのは、前記事でみたとおりこの頃激化しつつあった国家間抗争の対立軸に、「カトリックか?プロテスタントか?」が追加されたことだと思います。これまで仲良くしていた国であっても、片方がカトリックを保護し、もう片方がプロテスタントを保護すればその2国は対立状態になってしまうわけで、よりただでさえ複雑化していたヨーロッパの国際政治は、宗教改革によってさらにややこしいことになっていくのです。

 これが極まったのが、近世前半ヨーロッパの山場と言える「三十年戦争」です。
 神聖ローマ帝国(今でいうドイツ)を支配していたハプスブルク家はカトリックを保護していたのですが、1618年に国内でプロテスタントによる反乱が発生すると、プロテスタントの保護を名目にデンマークやスウェーデンが、イギリス・オランダのサポートを受けつつ帝国内に侵攻。これに対し同じハプスブルク家の支配下にあるスペインが帝国に味方して加勢し、一気に国際戦争に発展するのです。
 これだけならばヨーロッパ全土を巻き込んだ宗教戦争としてこの戦争を解釈できますが、兼ねてよりハプスブルク家と対立関係(前記事ご参照)にあったフランスが、カトリック派であるにもかかわらずハプスブルクを叩くために追ってこの戦争に参戦。三十年戦争は当初の目的を忘れて、各国の思惑の中でどんどんと泥沼化していくのです。
 
 この泥沼化するヨーロッパの戦争を舞台にして、なんと日本人二人の因縁と決戦を描くのが、真刈信二先生・DOUBLE-S先生作、雑誌アフタヌーンで連載している『イサック』です。
 本作の物語は、ハプスブルク家の弾圧に苦しむプロテスタント派の貴族のもとに、援軍として一人の日本人が送られてくるところから始まります。彼の名はイサック(伊佐久)。援軍の逃亡が重なり異邦人一人の加勢しか無かったことに失望する貴族をよそに、彼はその鋭い軍略、そして何より当時の常識からしてあり得ない射程と命中率を誇る一丁の火縄銃をもって、一人で戦況を大きく変えてしまうのです。

 そんな「場違いな日本人による圧倒的な活躍」という奇想天外さだけでも面白い作品なのですが、本作のキモはやはり「なぜ日本人がそもそもこんなところにいるのか?」でしょう。
 伊佐久のもともとの素性は、大阪で鉄砲鍛冶を学ぶ町民でした。しかし、この頃大坂夏の陣(徳川が豊臣を滅亡させ、江戸幕府による全国支配が確立した戦い)によって日本の戦国時代が終わりを迎える中、相弟子であった戦闘狂の錬蔵が、さらなる戦乱を求めて最新鋭の火縄銃を手に海外へ逃亡。恋人を人質に、国より火縄銃奪還を命じられた伊佐久は錬蔵を追い、三十年戦争の渦中にあるドイツにまで到達していたのです。
 この錬蔵もまたイサックと同等の銃の腕を誇り、「ロレンツォ」と名乗りながらカトリック側の傭兵としてイサックの前に立ちはだかります。敵味方が入り乱れ、戦況もめまぐるしく動く神聖ローマ帝国の地で、イサックはロレンツォを破り愛する者を救えるのか。大阪夏の陣(1614年)と三十年戦争(1618年~)が同時代であることをまさかの設定で活かしたユニークな作品です。


次回:【近代・前⑤】『セシルの女王』~「覇権国家」英国、その始まりとしてのエリザベス1世のルーツ~


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