【レビュー】異形のロボットもの、『バトルグラウンドワーカーズ』が描く「つまはじき者」の意地
皆さん、「ロボットもの」というと、どのような物語を思い出すでしょうか?
代表的なところで言うと、ガンダム、エヴァンゲリオンといった名作アニメが挙げられることが多いのではないでしょうか。これらの作品は、人類を二分するような、あるいは宇宙から来た敵と相対するような大規模な戦争を舞台とします。そして、その戦争に身を投じる者たちの戦士としての活躍、あるいはその中で織りなされる人間ドラマを描くのです。その非日常な世界で描かれる厳しい物語は、今も私たちの心を掴んで離しません。
しかし今この「ロボットもの」というジャンルに、異形のマンガが生まれようとしています。それが、2019年に週刊ビッグコミックスピリッツで連載開始、2020年末に第5巻が発売した、『バトルグラウンドワーカーズ』です。
本作は、地球に現れた謎の生命体「亞害体」と、ロボット「RIZE」に乗って戦う兵士たちのお話です。それだけを見ると、上で挙げた代表的な「ロボットもの」と何ら相違ないように思えます。
しかしながら本作はその人類を守る戦いを、上に挙げた作品のように「非日常」として描くことはしません。本作はその兵士たちの戦いの日々を、現代の私たちが今まさに送っている「日常」と同じものとして、描いていくのです。そうすると、これまで「ロボットもの」が描いてきたロボットと怪物との戦いは、全く違った見え方をするようになる。そして、なお一層、私たちの心に差し迫った何かを投げかけてくるのです。
本記事ではそんな本作をおススメすべく、その魅力を掘り下げてみたいと思います。まずはあらすじから見ていきましょう!
1. あらすじ
主人公の平仁一郎は30歳。ブラック企業に勤めた結果心身ともに追い詰められ、職を失っていました。
そんな中、外務省から平のもとに、「人類連合日本支部非常勤職員(操縦職)」の求人情報が届きます。この世界では25年前に謎の生命体「亞害体」が現れ、それ以来多くの被害が出ていました。現在はある理由で、亞害体は一部辺境地域にしか出現しなくなっています。しかしそれでも野放しにはできず、今も一部の兵士がロボット「RIZE」に乗って戦っている。平が受け取った求人情報は、この兵士の募集だったのです。失職中だった彼はこれにエントリーし「人類連合」に就職。人類を守るため、RIZEに乗り、戦場で亞害体と戦う日々が始まるのです。
2. 「ロボットもの」としての異形性
『バトルグラウンドワーカーズ』第4話扉絵
本作の異形性は、兵士たちの戦争を、私たちが今まさに送っている「日常」と同じものとして描くことにある。そう私は冒頭で述べました。というのも、この作品でロボットに乗って戦うのは、戦争で活躍するべく鍛え上げられてきた職業軍人でも、戦うことを運命づけられた少年少女でもありません。この作品で戦うのは、私たちと同じようにこの日本の現代社会を生きていて、たまたま、職業として兵士を選ぶことになってしまった人たちなのです。
どういうことかというと、平が政府から受け取った求人情報は、広く配られているわけではなく、政府が選出した一定の市民にしか送付されていません。そしてその市民とは、いじめで引きこもりになってしまった青年、貧困に苦しむ女性、そして平のような、職も人間関係も失っている男性、といった人たちです。そう、政府は、この社会でつまずいてしまった市民だけにこの求人情報を送付している。そして経済的・社会的に追い込まれた状況にある市民らは、「人類を守る」という崇高な目的に惹かれて、兵士という過酷な非正規雇用を選択していくのです。
そして彼ら彼女らは、その崇高な看板の下、その身を戦場(バトルグラウンド)に投じていきます。この戦場は、ロボット「RIZE」のシステム上かなり特殊です。というのは、彼らは実際にRIZEに乗って辺境地域で戦うのではなく、意識だけをRIZEに通信して、戦場のRIZEを遠隔操縦するのです。だから、RIZEに搭載された通信機器を破壊されない限り、兵士は死にません。さらには、ピンチになった時は、人為的に意識接続を断絶して難を逃れる「強制遮断」を最大5回まで行えるのです。傷つかない、かつ5回までは死ねる身体を手に入れた兵士たちは、時に捨てゴマとして、非人道的な作戦に投入されていきます。
この、「人類を守る」というやりがいの提示、経済的・社会的な困窮へのつけこみ、そして人格を無視した過酷な作戦行動。興味深いのは、本作におけるこうした戦場の在り方が、ブラック企業の「やりがい搾取」そのままであることです。「人類を守る」というやりがいを掲げつつ、「転職なんてできないぞ」、「お前らの代わりなんていくらでもいるんだぞ」と脅して労働者を委縮させ、その委縮に乗じて酷な労働環境を強いる。程度に差はあれ、私たち自身が苦しんでいる、あるいは私たちの身近な人が囚われている環境が、そこにはそのまま再現されているのです。
本作の悲哀ある「労働者譚」ぶりは、こうした大きな設定だけでなく、細かい設定や種々のエピソードでますます補強されていきます。
例えば、一度主人公は暴走とも言える戦い方で亞害体を撃破し、上から強く称賛されます。しかし、平をカバーする仲間はいつもよりもダメージを負い、チームとしての戦績は下がっていたことに、彼は後で気づくのです。これは、営業成績競争を強いられ、成績が良かったものは過剰に称賛し、成績が悪かったものには暴言などによって過度に圧力をかける、ブラック企業のやり口と同じです。
また、平と同じチームの兵士には、「強制遮断」を5回してしまったのに戦場で戦い続ける女性がいます。彼女が戦い続けるのは、兵士向けに優先的に提供される介護サービスで、親の介護ができるからなんです。彼女はもう「強制遮断」ができません。すなわち、本当にピンチの時に難を逃れることができず、そのまま亞害体にRIZEの通信機器を破壊されたら、彼女は本当に死んでしまいます。しかし、親を支えるために、彼女は働き続けるのです。
本作は、人類を守るために兵士がロボットに乗って戦う「ロボットもの」です。しかしその戦いの内実を覗いてみると、私たちが日々相対している苦しみが、そのまま再現されている。この人類を守る「ロボットもの」としての壮大さと、描かれる物語の卑近さ。一見相反するこの2つの要素を巧みに重ね合わせたストーリー、これこそが『バトルグラウンドワーカーズ』の異形さなのです。
3. 兵士たちの戦う理由、「つまはじき者」の意地
『バトルグラウンドワーカーズ』第1話
過酷な戦場で、命を落とすかもしれない労働環境で、バトルグラウンドワーカーズは戦い続けます。その戦う理由は上記のとおり、親の介護、失職などなど、様々です。
しかし、彼らは本当にそれだけの理由で、兵士という過酷な職業を選択したのでしょうか?確かにこの職業は給料がよく、それは大きなインセンティブになっています。しかし、そのインセンティブのある職業は、本当に兵士しかなかったのでしょうか?それ以外にも、わざわざ命を危険にさらさずとも、近いレベルで目的を達成できる職業があったのでないでしょうか?
この疑問には、第1話で主人公の平が早々と回答しています。平は街を行く幸せそうな親子を見ながら、こういうのです。
「…『幸せは』、途方もなく遠すぎて… もう目指せそうにない…」
「それでも生きていかなくちゃ…」
「だから、見つけようと決めた。」
「俺にでも手に入れられて、幸せの代わりになるもの…」
「それがあれば胸を張って生きていけるというものを。」
結婚して、子供ができて、穏やかに暮らす…そんな一般的な「幸せ」は、もう自分には無理なのだろう。でもそれでもこの世界に生まれてしまったからには、生き続けなくちゃいけない。じゃあ、自分は何のために生きればいいんだ?
その答えとして、彼は「人類を守る」という仕事を選んだのです。
このように考えると、この「兵士」という職業と上記の過酷な労働環境について、貧困や介護といった目に見える問題だけをやり玉に挙げるのは、実は本質的ではない。なぜ彼ら彼女らは「兵士」という職業を選んでしまうのか。それは、「人類を守る」という営為が、彼ら彼女らが見失った生きる意味を埋めてくれるからなんです。あるいは、「社会に役立つ」仕事をすることで、彼ら彼女らが一度失ってしまった社会とのアクセスを、もう一度取り戻すことができるからなんです。
貧困、失職、介護、いじめ、奨学金の負担、人間関係の不和・・・ この作品には、様々な問題を抱える兵士たちが登場します。しかし、彼らの問題の本質は同じです。彼ら彼女らは、誰かに必要とされたいんです。そして、自分にも生きる意味があるんだ、そう思えるようになりたいんです。人は誰かに必要とされることで、誰かとつながることで、やっと生きていけるのですから。その大きな心の穴を埋めるために、彼ら彼女らは「兵士」という仕事を続けるのです。
しかし、それは必ずしも依存や諦めを意味してはいません。彼ら彼女らが、そこまで思ってこの「兵士」という職業を続けること。それは、自分が生きていくにはもうこれしかない、という覚悟があるということです。この理不尽な世界で、それでも生き続けてやる、生きる意義を見つけてやるという、という執念があるということです。
彼らはこの「兵士」という仕事の中でも、様々な理不尽に直面します。過酷な作戦、横暴な上司などなど・・・ でも、戦場で働くところまで追い詰められた今、まだそんな理不尽に負けていたら、本当に生きる意味を見失ってしまいます。だから、兵士たちは抗うしかない。過酷な作戦に。非人道的な組織に。亞害体に。そして、自分たちを散々苦しめてきた、このくそったれな世界に。そうして平たちは立ち上がります。そしてこのバトルグラウンドで、周りの誰もが予想しなかった形で、泥臭い、しかし鮮やかな活躍を見せるようになっていくのです。
その兵士たちの意地は、きっとあなたの心にも届くはずです。私たちと同じ日本の現代社会で生き、私たちと同じように苦しむ者たちが見せる意地の戦い。それは、孤独と理不尽を強いてくるこの社会で、それも踏ん張って生きていくことの高潔さを、私たちの心に刻み付けてくれるのです。
そして、世界に抗い、この世界で生きる意味を手にした時、平の目には何が映るのか。そこには、明るい未来が開けていくのか。それはぜひ、あなたの目で見届けてみてください。きっと、あなたは『バトルグラウンドワーカーズ』という物語の末恐ろしさを知ることになるでしょう。
社会に心をすり減らされて生きてちゃいけない。心を燃やして、抗っていかないといけない。『バトルウラウンドワーカーズ』、本当におススメです。
(終わり)
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