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ここに立つ

大きく開いた窓から、風がかたまりのようになって入ってくる。
搬入から5日、ようやく自宅に帰ってきた。ごく短い時間しか居られないが、窓を開けて植木に水遣りをする。張りつめた気持ちが少し和らぐ。再びドアを出てギャラリーへ。今年2回目の個展の会場へ。


先週の日曜日、個展の搬入の1時間半前という時刻に父が倒れた。
取り乱した様子の母からの電話を受け、救急車を呼ぶように言ったあと、作りかけていた昼食の材料を冷蔵庫に戻す。そしてなぜかベランダの花を切って、荷物と共に持ち、部屋の鍵を閉めた。途中何回か母に電話をかけながら、通りかかったタクシーに乗り、親元へ向かう。

切った花を見て、これが父に見せる最後のばらになるんだろうかと思う。あれは2021年の個展前日だったと思い出すのだ。運転手はのんびりとした様子で、前を向いている。あたりまえなのだが顔の見えない人に行き先を委ねる心許なさ。タクシーの窓から見る空は、晴れているのに暗い。

親元に着くと、ひたすら動揺している母とともに救急車に同乗して病院へ。
結論から書けば、父は意識を取り戻し、検査の結果も問題なく、その日のうちに帰宅できた。私も、赤帽さんやギャラリーにはご迷惑をかけたが、絵を搬入し展示することができた。ばらは親元の食卓に生けられ、今も香っている。


今朝は父が着替えを断固として拒否し、ひと騒ぎ。5日前の願いも忘れて喧々とやり合う。

これが私の日々。家族と向かい合う時間のきびしさが、絵を描き発表しようという力の源であり、絵を描いていられる幸せが、家族と向かい合うエネルギーを与えてくれる。険しくも長閑な均衡の上に、私は立っている。いろいろな人のおかげで、立つことができている。

齧られたクッキーのように欠けた月を見ながら、親元へと帰る。私の立つところを、確かめる。

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個展開催中です
[展覧会のお知らせ]
五十棲さやか
ー雨のあとに

2021年11月15日(月)-21日(日)
11時-19時 最終日は17時まで

ギャラリーモーツァルト
東京都中央区京橋1-6-14YKビル1F
Tel 03-6228-6848
www.g-mozart.jp

あと二日
どうぞよろしくお願い申し上げます




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