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海藻を増やす取り組みが人の意識を変えた。漁協職員が語るISOPの魅力【私とISOP②】

海から海藻が消えてしまう「磯焼け」と呼ばれる現象によって、日本全国で魚のすみかが失われつつあります。

磯焼けを食い止めるため、宮城県石巻市では2020年に漁業協同組合(以下、漁協)、海洋調査会社、漁師団体が手を組み、Ishinomaki Save the Ocean Project(=ISOP)を立ち上げました。
(ISOPの取り組みについて詳しくはこちら

この記事は、立ち上げメンバーそれぞれの立場からISOPを語る企画『私とISOP』の第2弾。立場や背景の違う人たちが、なぜ海の「磯焼け対策」に本気で取り組みたいと考えたのかを明らかにしていきます。

今回お話を聞いたのは、メンバーの中で浜に一番近い立場として、漁師の声を聞き出すことを仕事としている、宮城県漁業協同組合石巻地区支所の小野寺賢さん。

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小野寺賢(おのでら けん)
宮城県漁業協同組合石巻地区支所 支所長。1998年、漁協に入る。2014年、支所長に就任、「担い手育成事業」や「田代島オールドルーキー」といった先進的な企画を立ち上げ、人材不足や高齢化などの水産業の課題解決に挑んでいる。

インタビューする中で印象的だったのは、「海から、こんなにも海藻がなくなっているとは思わず、ショックだった」という言葉。ISOPの取り組みは磯焼けを食い止めるだけではなく、漁師や漁協職員の意識に変化をもたらしているといいます。その変化とは一体なんなのでしょうか。お話を伺いました。

漁協は、漁師からの信頼の上に成り立つ組織。

ーー今日は、漁協の皆さんと磯焼け対策(ISOP)との関わりについてお伺いしていきます。そもそも漁協って、何をするための組織なのでしょうか?

小野寺さん:漁協は、組合員である漁師の生活向上や漁村地域の発展のためにつくられた組織です。平たく言うと、漁師が困っていたり、何か必要そうだなと思ったら、「こういう方法もありますよ」と提案しにいくんですよ。

なので、漁師の貯金や融資をサポートする信用事業、漁師が病気や怪我をした際の保険を扱う共済事業、漁師が使う資材の販売や販路開拓を含めた経済事業と幅広く行っています。

ーー漁師だけではカバーしきれないことを漁協が担っているのでしょうか。

小野寺さん:そうですね。海の仕事って本当に大変で。漁師が海の仕事に集中できるように、漁協がサポートしています。サポートも、信頼関係があってはじめてできることなので、漁師との関係性が大事なんです。漁協に入ってすぐは漁師との関係づくりのために「浜まわり」という仕事を担当します。毎日、自分の足で浜に通い、困り事を聞き出して手伝うんです。

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浜まわりの様子。毎日、浜を訪ねるので、漁師の名前と顔はすぐに覚える。

浜まわりを繰り返していく中で、少しずつ漁師から信頼されるようになるんです。信頼が積み重なって初めて、「これってどうにかできないのかな」という浜の声を聞き出せるようになります。

漁師が本気なのに、やらないわけにはいかない。

ーー漁師からも、磯焼けについての悩みは聞こえてきていたんですか。

小野寺さん:震災後、各浜の漁師から「海藻がなくなった」「アワビが小さくなった」「ウニの身入りが悪くなった」という声が上がっていました。自分も小さい頃、海のそばに住んでいたので、海藻が減っていることには気が付いていました。昔は、海で遊んでいても、海藻が足に絡みついて邪魔なくらいでしたから。

ーーそんなに違うんですね。それでISOPを立ち上げようという話になったんですか。

小野寺さん:そうですね。多くの漁師の「磯焼けをどうにかしたい、海藻を増やしたい」という思いを知って、漁協としてISOPを立ち上げることにしました。なにより、高齢の漁師さんたちが率先して「磯焼け対策をやろう」と言ってくれた、その熱い気持ちが嬉しかったんです。

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ISOPでは漁師がとても協力的。船を出してくれたり、フォークリフトなどを動かしてくれる。

ーーええ。

小野寺さん:高齢な方ほど「自分たちの代で終わりだから」という気持ちではなく、「いつか若い奴が来るかもしれないから」と言って、磯焼けについて本気で考えてくれるんです。「ここに昆布筏を設置したらいいんじゃないか」とかアイデアも出してくれますし。本気の人と一緒に仕事をするのは嬉しいし、楽しいんですよね。

ISOPがもたらしたのは、海に対する意識の変化。

ーーISOPをやってきたことで、海藻は増えているのでしょうか。

小野寺さん:まだ始めたばかりの取り組みなので、海藻が増えたとは言い切れません。海藻を増やすということは簡単な話ではありませんし。でも、ISOPを続ける中で変化を感じる場面はたくさんあります。

ーー変化ですか?

小野寺さん:まずは私たち漁協の意識の変化です。潜水士に海藻や海底の写真を撮ってもらうことで、海の中を知ることができました。これまでは船の上からしか海を把握できなかったので、海中写真をみたときはショックでしたね。海藻こんなに生えてないんだって。漁協として今後もっと海の中を考えて活動していかないとダメだと思いました。

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ーー船の上から海の中は見えないですもんね。

小野寺さん:漁師の意識も変わっています。昔、このあたりの海では密漁が横行していたこともあり、潜水士が海に潜ってウニを駆除することをよく思わない漁師さんがいたんです。

ーー漁師にとってウニが売り物なら、駆除に対して不安もありますよね。

小野寺さん:今では漁師たちもISOPを理解してくれていて。海で漁師に会うと、「頑張ってるな、こっちもやってくれよ」と船を寄せて言われるくらいになってきました。

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餌となる海藻がないため、身入りが悪くなってしまったウニ。これでは売り物にならない。

また、ISOPでは若い漁師ダイバーを育成しています。この1年間で潜水士の資格を取得した漁師ダイバーが多数誕生しました。若い漁師の副業にもなりますし、何より自分たちの目で海を見ることで、海を守ろうとする姿勢が育っています。ISOPの活動に加わることで、これまで自分のためにウニを獲るだけだった漁師が、「浜のため」という言葉を使うことが増えたんです。

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ーー漁師が潜水士になることで、海への意識が変わっているんですね。

小野寺さん:高齢の漁師も、若い漁師も海に対する意識が変わっていく。これってすごいことなんです。海が抱える問題は磯焼けだけではありません。人材不足や資源枯渇などたくさんの問題もあるなかで、これらの問題にも自然と取り組むような姿勢が育っていく。これがISOPがもたらしてくれた一番の効果だと思います。

ーー海藻だけでなく、人も変えていく。この取り組みは続いていくのでしょうか。

小野寺さん:はい、続けていきたいですね。ISOPの目的の一つは、海藻を増やすことです。ただ、ISOPで必ず海藻が増えるかどうかはやってみないとわからないんです。まずやってみて、ダメならまた違うやり方で挑戦し続けたいと思っています。

そして海を良くしようとしても、1人の力ではどうにもなりません。ISOPを続けていくことで、海をよくしていこうと行動する人が少しでも増えてほしいですね。まずは、海の一番近くで生活している漁師と漁協から。海で食わされている人は海を粗末にしてはいけません。ISOPを続けることで、多くの人の海への意識が変わっていったらいいですね。

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まとめ

「海藻がなくなった」という漁師たちの声から始まったISOPの取り組み。しかし、その取り組みがもたらしているものは、海藻の増加だけではありません。

それは漁協のメンバーや、漁師たち自身の海への意識の変化。

不確実なことが多い海と関わっていくために、漁業関係者はこれからも色々な問題に向き合い続けなければなりません。そんなとき何よりも大事なのが、海のことを考え、行動を起こす力。この意識の変化こそが次世代の海をつくっていくのでしょう。

ISOPのホームページでは、今後も情報を発信していきます。
あなたの海への興味・関心が、海の未来を守ることに繋がるかもしれません。


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