ひとは見た目のために進んで健康を犠牲にする

突然ですが纏足を知っていますか?

纏足とは10世紀ころに中国の漢族を中心にはじまった風習です。大人になってからも子どもの様な足でいるために、3・4歳から足を布で縛って成長を止めてしまいます。

具体的には、親指を除く、足の指を足の裏側に向けて折り曲げて布で縛ります。

とはいえ、止めるといっても足はどんどん成長します。ですから月日が経つにつれきつく縛らないといけません。足の甲のいくつかの関節を脱臼させてまで、小ささを保とうとします。

こんな風にしたら足に激痛は走りますし、腫れたり、出血したり、化膿したりすることも起こります。なので纏足は治療をしながら行われるのです。

私は無理やり脱臼と聞いただけで、治療をしながら激痛と聞いただけでどうかなりそうです。

こんな小さい足のまま大人になったら、当然うまく歩けません。実際纏足をした女性は、杖を突いて歩いたり、背負ってもらって移動したりしており、誰も見ていない時には四つん這いで移動していたという報告もあるそうです。

さて、なぜこんなことを漢族の女性はし続けたのでしょう。

ご存知の方も多いと思いますが、幼児の様な小さい足であることがこの頃の中国では美しいと思われていたから。小さい足の女性とセックスをすると男性がより気持ちいいという考えもあったそうです。

条件の良い結婚をすることが将来の幸せに直結する当時の女性にとって、美しいこと、性的に魅力的であることは、すごく大事なことであったのです。

だから中華民国になって纏足が禁止された後も、纏足をし続けた女性は多かったといいます。

纏足を手放すことは美しさを手放すこと。

美しさを手に入れていた女性であればあるほど、その美しさを手放すことは難しかったことが想像されます。

さて、10世紀の漢民族に生まれなくてよかった、と思っている皆さんも多いと思いますが、実は纏足にそっくりな靴を現代社会の女性も好んで履いているのです。

何だと思いますか?

それはハイヒール。

写真は『身体変工と食人』(1989年,吉岡郁夫 )からの抜粋で、纏足のレントゲン写真になります。ハイヒールによく似ていませんか?

足の甲を高くして足を小さく見せる。その意味で、纏足は足そのものをハイヒールにしているともいえるのです。

足が痛くてたまらなくなったり、豆ができたりといったことは、ハイヒールあるあるだと思います。そういう経験を通じて、ヒールを履いても全然平気になるような足を女性は作り上げていくのでしょう。

ハイキングをしたり、ジョギングをしたり、スポーツをするときにハイヒールを履く人はまずいないことから、ハイヒールがそんなに足に優しい靴ではないことはみんなが知っていると思います。ハイヒールを履いている人は腰痛になりやすいという研究結果もあります。

でもそれを知っても、じゃあ「健康に悪いからハイヒールやめる!」という人はほとんどいないでしょう。少々我慢をしても、見た目がいい方をとるというのが多くの人の気持ちではないでしょうか。

実はハイヒールに限らず、私達はしばしば健康よりも見た目を優先させています。

「朝寝坊をしてしまった!今日は大事な面接の日。」

ここで何か食べた方が健康に良いからと、身なりを整えることより、朝ご飯を優先させる人はほとんどいないでしょう。数時間空腹状態になることを我慢しても、身だしなみを整える人がほとんどであるはずです。

目に蓋をするコンタクトレンズはそんなに体にいいのでしょうか?

コンタクトを外したの時の爽快感を考えると、コンタクトレンズは目に悪そうです。でもだからといってみんなメガネになるわけではないのは、やはり見かけが大事だからですよね。(これからはどんどんレーシックになってコンタクトも減るかもしれません)

若い女性のやせ過ぎに歯止めをかけるために、健康への悪影響を丁寧に説明するというやり方があります。でもこのやり方がそれほど功を奏していないのは、人間は見た目のために平気で健康を犠牲にするという、古今東西に見られる傾向を無視しているからだと私は考えます。

その部分を踏まえずに健康への悪影響ばかりを取り上げるのは、木を見て森を見ないようなものではないでしょうか。

今回は、女性の身体変工の例として、纏足とハイヒールをとりあげましたが、男性の身体変工も古今東西さまざまなものが見られ、こちらも考えるだけで痛すぎるものがたくさんです。男性バージョンも書こうかと思ったのですが、想像していたら具合が悪くなってきたのでやめることにしました。健康大事。


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磯野真穂|人類学者
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