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「愛の夢とか」(川上 未映子著)

「夏物語」「すべて真夜中の恋人たち」に続いて、私にとって三冊目の川上未映子さんです。いつ読んでも、心の一番深いところまで沁みわたってくるような言葉。ずいぶん昔に、村上春樹と河合隼雄(この二人は私のなかでセットになっています)に傾倒していた頃の感覚を、ずいぶん久しぶりに思い出させてくれるような作家さんです。

私は、短編集よりも長編小説のほうが読みやすいと思っています。なぜかというと、短編でも良いストーリーだとすっかり入り込んでしまって、次の短編を読み始めるまでにうまく気持ちを切り替えられないからです。いくつもの短編を立て続けに読むのが難しいので、自然と読み進めるスピードが遅くなっていまいます。

ここのところは、まとまって本を読む時間がとれるのが週に1日とかいう状況が続いていたので、結局この短編集を読むのに3週間くらいかかってしまいました。でもそれだけじっくり読んだこともあって、心が動かされた一節に貼る付箋はかなりの数になりました。

この短編集は、「アイスクリーム熱」という短い話から始まるのですが、読み進めていくうちに少しずつ人の心の深いところに降りていくような感じになりました。以前読んだ小川糸さんの短編集「さようなら、私」もそんな感じだったので、短編集としてはスタンダードな構成なのかもしれません。

ところでマカロンを買うときのあの気分っていったい何なんだろうといつも思う。自分が掛け値なしの馬鹿になったみたいな気持ちになっていっそ清々しくなるあの感じ。

愛の夢とか(川上未映子)

中身がスカスカなのに値段ばっかり高いマカロンを買うときの「あの感じ」を、ここまで的確に言語化できる川上未映子さんって本当にすごいですよね。この短編には、他にも「禁欲的な一生を送ることに成功した立派な熊のための棺桶」なんていう目を見張るような日本語があったり、言葉になる手前くらいの微妙な心の動きがほんとうに繊細に表現されていて、文芸って芸術なんだと改めて気付かされます。

「お花畑自身」もなかなか強烈で好きですね。主人公の語っていることは何ひとつ論理的に破綻していないのに、全体として見渡すと世間の常識からはずいぶん遠い、ともすると狂気を呼ばれてもおかしくないことをしている。でも自分の中の論理がつながってれば、特に違和感も後ろめたさも感じずにとんでもないことをしちゃう人って、確かにいますよね。

あとは女性が女性に対していだく女性特有の複雑な感情。川上未映子さんの小説を読んでいて思うのは、女性の生きかたって男性よりも桁違いにバリエーションに富んでいて、おそらくそれは子どもを産めるという事実によるものなんでしょうけど、その中で自分なりの幸せというか価値観を確立していく過程がすごく複雑なんだなと。それが男性の私からするとすごくドラマチックに見える。いやほんとに大変なんだと思いますけど。そんなことを考えさせられました。

そして最後の「十三月怪談」、これは傑作だと思いました。全体としては(題名のとおり)薄気味悪い雰囲気はあるんですけど、なぜか読み終わった時には安堵を感じるんですよね。この感じ、村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」のラストを読んだときの感情にも似ているような気がしました。

・・・わたしはそれをきいて、しあわせになってほしいっていうのは本心からのことなのに、でもやっぱりちょっとだけっていうか、かなりっていうか、すごくうれしかったことも覚えてたりするんだった。

十三月怪談(川上未映子)

夫婦のあり方っていろいろだと思うんですけど、両方とも死んでしまうまで、お互いのことを世界で一番大切に思ったままでいられる夫婦ってどれくらいいるのかなって思うんですよね。もう気持ちは残ってないけど、子どもがいるから考えないようにしている。今さら離婚しても次がないから、仕方なく別れずにいる、みたいなのって割とザラだと思うんです。

だとしたら、この二人みたいに、一方が早くに死んでしまったとしても、もう一方が死ぬまで相手のことを一番大切に思い続けていれば、愛としてはひとつの完全な形なんじゃないかとも思うんですよね。生き続けていれば変質していってしまう愛も、一方が死んでしまうことによって「固定」され、遺された方さえその気になれば最後まで壊れない。

大切な人に先立たれた人について、何も事情を知らない人だと「新しい人見つければまた幸せになれるよ」って簡単に思うかもしれないけど、逝ってしまった人を思うことでしか実現できない形の幸せもあるんじゃないかなって思ったのです。こういうのって世間の常識からするとたぶんちょっと「怖い」発想だとは思うんですよね。だからこその「怪談」なんじゃないかと。

・・・川上未映子さんを読むとついつい長文になってしまいますね。すみません。笑 でも、これでもまだ私が感じたことの半分も話せていないような気持ちでいます。幸いまだまだ読んでいない作品が残っているので、これから一つずつ楽しみにしながら読んでいこうと思います。


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