前編をまだ読んでいない方はまずはこちらからどうぞ。 「目標はもたずに、ひたすら目の前にあることに一所懸命取り組む。すると自ずと道が開けてくる、という考え方もあるんだよ」 「そうなんですか。でも、なんかそれじゃあ不安に思っちゃいそうです」 「ハハハ、そうだよな」 そう言っておっちゃんは一瞬、目を細めて窓の外を睨んだ。 「だけどな、逆に考えてごらん。今の自分が立てられる目標なんてたかが知れてないか」 「んっ・・・たしかに・・・」 僕は言葉を詰まらせた。 「自分のた
「生き方は大きく分けてふたつある」 本屋での丁稚奉公時代、お客さんのなかに「日本でいちばん納税してる」おっちゃんがいた。当時はまだ長者番付(高額納税者)が公開されていたのだ。おっちゃんは10年以上つねに日本の長者番付トップ10に名を連ねていた。 身長はそんなに高くなくて、お腹もすこしでてるんだけど、なぜかかっこよく見えた。いつも黒のポロシャツに黒のスラックス、黒々とした髪をオールバックでビシッときめている。 「いいかい、大地くん。人の生き方は大きく分けるとふたつあるんだ
ちゃんと読み物にしないといけない。そんな意識がどこかにあったのかもしれない。僕はいつもパソコンを開いたまま文章がかけずにいた。パソコンの右隣に置かれたカフェラテだけが減っていく(左隣の灰皿にも吸い殻が溜まっていく)。ちゃんと読み物にしないといけない。それは呪いだ。誰もそんなものを求めていないのだ。自分が勝手にそう思っているだけ。本当は自分だってそんなものは求めていないくて、ただ書くことだけを求めている。心のうちにある絡まりかけた毛糸のような思いを一つひとつほぐしていくことを。
毎日文章を書くのが楽しい。 仕事をはじめる1時間前に自分の店にやってきてノートパソコンを開いてから、その横に水の入ったコップと灰皿をおいて、タバコに火をつける。深呼吸をするように煙を吸い込んでから、しばらく肺にためて吐き出す。フー・・・。 noteを開いてパタパタとその日あたまのなかに浮かんだことを一文字ずつ打ち込んでゆく。すると、僕の脳みそが「・・・ピー・・・トットットッ・・・ピー・・・」と静かな機械音を立て始めて動きだす。 坐禅も楽しいし、彼女とのデートも楽しいけれ
いわしくらぶを「店」から「家」にした。 とは言ってもここに寝泊まりするわけじゃない。自分のなかでの認識を変えただけだ。「店だから〇〇しなきゃ」みたいな固定概念に縛られるのをやめようということだ。と言いたくなるくらい「店」というものに飽きてしまった。そして、そのかわり「店」よりも自由にできる場所という意味での「家」をやりたくなった。ひらかれた「家」をやりたい。 「家」はいい。キッチンもあれば、寝室もあるし、書斎やアトリエももある。そういう意味では、いわしくらぶは僕の家のアト
いわしくらぶのオープン前に店の準備をしていると、窓の外から祭囃子が聞こえてきた。今日も空は晴れていて背の高い街路樹の葉と葉のあいだがきらきらと光ってみえる。 ドドン、ドン。 太鼓の音とともに練り歩く大人や子どもたちの楽しげな声が聞こえる。 ゴールデンウィークのこの時期だけは、「オフィス街」としての水道橋ではなく、一地方都市としての水道橋になる。スーツを着て早足で歩く人々の姿はこの時期に限ってはなく、代々ここに住んでいる地元民と野球観戦のために訪れた人々がほんの少しいるく
なんだか最近どうも文章を書き始めたほうがいい気がしてやっと手をつけはじめた。「文章でも書いてみたら」という友だちもいるし、占いでも「文筆を仕事にするのが吉」と書いてあるし、自分としてもたまにInstagramとかで長文投稿すると気持ちがいい。「やってみるか・・・(ハァ)」と。つい溜め息がでてしまうのは、やるからには続けたいから。そして続けたいのに続かないから。当然そんな僕のお尻を叩いてくれる人もなく、自分でじぶんのお尻を叩かねばならない。まあ四の五の言わずにやってみるかと思い
※10年以上前に聞いた小咄(こばなし)です。 「きみは何屋さんになりたいの?」 「わかりません。だけど、商人(あきんど)にはなりたいです」 「ハハハ。そうか、いいね」 僕がまだ商人を目指して、江戸川区のある書店に住み込みで働いていたときのこと。常連の漢方薬会社の社長さんが話してくれました。 「いいことを教えてあげよう」 「はい」 「布団屋さんになっちゃいけないよ」 「ふ、布団屋さん?!」 「そう。布団屋さん」 「それは・・・どういうことでしょう?(おれ、布