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ヤクザンタvsホビーヤクザ


 サンタ・クロースの活動日は、年に一度のクリスマスイヴだけと決まっている。これはフィンランドに居を構える惨詫十字協會サンタクロスきょうかいが定めた掟であり、世界中の子供たちに一夜でプレゼントを配るという偉業を成し遂げるため、それまでの期間364日は全て充電期間としてあてがわれているのである。

 ではサンタの反転存在、ヤクザンタはどうか。ヤクザンタは賛詫十字に属さない。ヤクザンタは孤高であり、世にヤクザが蔓延る限り、休息など許されないのだ。

 今日も今日とて、死神は獲物を求め続け、下界の様子を監視し続けている。893人の咎人の魂を刈り取るまで、彼の戦いに終わりはない――。


😎😎😎


 昨日、広報の桜久田さくだと連絡が取れなくなった。


「新卒!俺と話してる時になに手元で弄っているんだ。アァ?」

「す、すみません。社長の貴重なアドバイスを漏らさぬよう、メモをしっかり取ろうと……」

「メモなんてそんなモン、話が終わってから取ればいいだろうが。いいか、対話ってのはフェイス・トゥ・フェイス。相手の目を見て話すのが社会人のマナーってもんだろうがよ。そんな事も分からねえなら、お前も自主退職するか?アァ?」

「め、滅相もありません!私が完全に悪かったです!」

「おい、さっきの話なんでメモ取らないんだ?貴重なアドバイスが欲しいっていうからわざわざ言ってやったんだろうが。訴訟すンぞ?」

「ヒッ……」

 オフィス内に、不快ながなり声が響く。うら若い女性相手に怒声を浴びせている男は、ヒュージ・プラクティス社のCEO沼地 天長ぬまち あまなが。自己顕示と弱者イジメが趣味の最低の男だ。他の社員たちは、彼の耳障りな声を遠目に、黙々とPCに向き合っていた。干渉したところで、次の標的が自分になると分かっているからだ。

 ヒュージ・プラクティス社は二年前に結成された合同会社だ。一見若手会社のようだが、大本は沼地率いるプラクティス・チャンス社が母体となっている。ボードゲーム商品『ドアディフェンダー』の製造・販売をしており、ここではその拡張セットの開発を行っているのである。

 ウィィィィン……高価な3Dプリンタが稼働し、開発中のフィギュアトイがプリントアウトされていく。ドアディフェンダーはフィギュアを卓上に置いてプレイするゲームである。元々造型を得意とする会社と提携していた事もあり、フィギュアの出来は高い。最も、契約がこじれたため、現在はプリンタのみ貸し出されている状態なのだが。

「おお、これイイじゃねェか。早速SNSにアップしてやるぜ」

 プリントアウトされたばかりの女性フィギュア。そのスカートを覗き下卑た笑みを浮かべ、沼地CEOがスマートフォンを構える。

「お、お待ちください、沼地CEO!《ソード・プリンセス ジェリカ》は二週間後に発表予定のユニットです。それにモデルもまだ開発中ですし……未完成のユニットを発表するわけには!」

 モデリングチームの竹家柳たけるが声を上げ、立ち上がる。しかし、沼地がすかさず睨み、元々低い背を更に低くしながら詰め寄ると、竹家柳は怯み、壁際に追い詰められてしまった。

「竹家柳クンよ。俺はな、ジェリカのフィギュアから魂ってモンを感じ取ったのよ。彫刻に宿る魂ってやつ?……そう、俺はミケランジェロ・ブオナローティなンだよ。お前は巨匠ミケランジェロに意見するのか?アァ?」

「そ、そのようなつもりは……」

「だよな。意見なんてできねぇよな?そんじゃ、感じ取った魂は熱いうちに打たなきゃいけないよな。ほら、俺のSNS広報には合理性があるんだよ。モデラーでしかないお前には分からんだろうがな」

「お、恐れ入ります。すみませんでした……」

「そうだ、その《ソード・プリンセス》ってやつ……よくないな。プリンセスってのがどうも良くない。こいつはどう見ても女王の威厳出てるだろ。なあ、竹家柳クンよ。お前もそう思うだろ?」

「……はい。同感です」

「そンじゃ決まりだ。こいつは今から《ソード・クイーン ゼシカ》だ!データ班、さっさと直しておけよ!ウッハッハッハッハッ!」

 高笑いをしながら、沼地CEOは煙草をふかし、高価な椅子でふんぞり返った。オフィス内は禁煙なのだが、この男にとってそのようなルールはお構いなしなのである。

 このような暴挙が一般企業で許されてよいものか?だが、沼地天地には実績があった。数年前まで、国内トップシェアを誇るホビーのアドバイザーを務めていたのだ。悔しいが、この男の実力は本物……それが、ヒュージ・プラクティス社員の共通認識であった。この男の言う事を聞けば上手くいく。故に、いかなる暴挙も、商品のヒットのために、通さざるを得ないのであった。


 データ班、和数多わすだもまた、理不尽に従わざるを得ない男の一人である。沼地社長の高笑いを聞きながら、涙ながらに、手元のエクセルファイルのデータを変更した。《ソード・プリンセス ジェリカ》を、《ソード・クイーン ゼシカ》に……である。

 ジェリカという名は以前から作中設定で存在した女性で、今回満を持しての登場となる予定であった。しかし、社長の身勝手な一存で、彼女は名前を変更された。あるいは、まったくの別人になったかもしれない。以前も、《ゼルケト》という名のユニットが、《絶望ファラオ》という作中設定にそぐわないネーミングに改変されたこともあった。この先も、きっと同じようなことが起こるだろう。

 だが、この時、何よりも和数多が心配だったのは、連絡が途絶えた桜久田である。ヒュージ・プラクティス社の一部社員たちは、ここ1年ほどの残業代が一切支給されていなかった。桜久田はその例外だったにも関わらず、昨晩、沼地社長に直訴したのだ。結果、彼は行方知れずとなった。彼の住まう実家にも連絡を入れたが、彼の家族にさえ繋がらない。

(桜久田……お前、大丈夫だよな……?)

 不安を抱えながらも、和数多は目の前のエクセルファイルを淡々と弄り続けた。今は耐えるしかない、そう自分に言い聞かせながら。


 この後、沼地個人のSNSアカウントから1体の女性型ユニットが公開された。公開されたユニットの名は、《チェイン・プリンセス・ナイト アンジェシカ》……和数多は彼女の名前を書き換えた。


🎅😎😎


 深夜零時過ぎ。オフィス外れのネットカフェ前で、和数多は受付用に会員アプリを弄っていた。結局、この日の退勤も終電後となった。ここ数か月はずっとそんな調子である。

 数か月前まではゲームデザイナーチームが存在し、データの校正を仕切っていたため、和数多に過度な作業が押し寄せる事はなかった。沼地が身勝手な理由で彼らをクビにし、一部データを自分以外書き換え不可能にした事で、和数多の負担は増大し、社長のご機嫌取りまでしなければならなくなったのだ……。

「俺、この調子でやっていけるかな。せめて、残業代だけでも出れば……」

 その時。スマートフォン通知に、和数多にとって気になるニュースが飛び込んできた。出だしはこうだ。『フィギュアトイ男が東京湾で土左衛門』……フィギュアトイだと?引っかかるものを感じた和数多は、すぐさまニュースサイトを確認した。ニュース本文はこのようなものだった。

 本日未明、東京湾岸警察署が湾岸にて男性の遺体を発見した。男は全身を強く打たれており、抱えこむように某ホビー製品のトイフィギュアを抱えたまま亡くなっていた。近隣住人への聞き込みによると、ここ数日、湾付近で中国系ヤクザと思われる複数の男性の姿を見かけたという。警察は暴力団関係の犯罪の線で捜査を進めている。

「東京湾………中国ヤクザ……?」

 和数多がスマートフォンを握る手は震えていた。トイフィギュアを抱えた男……この亡くなった男性は、もしかして桜久田ではないのか?

 ニュースサイトをスクロールすると、男性の抱えていたフィギュアの画像が、モザイクをかけられて掲載されていた。しかし、モザイク越でも、鋭利なロボットボディと、特徴的なロゴの色合いを和数多は見逃さなかった。フィギュアは間違いなく、『ドアディフェンダー』のユニットにして、桜久田が好んでいたもの、《十王機神 アルケリオン》である。和数多はそう確信した。

 以前、沼地天長は中国系ホビー業者の話を喜々として語っていた事がある。もし、それがホビー業者などでなく、ヤクザだったとしたら?不利な情報を得た桜久田を始末するため、沼地が中国ヤクザを差し向けていたとしたら?桜久田は、沼地に殺されたのではないだろうか?

 沼地とヤクザの繋がりについて、和数多は一つ思いあたる事があった。ドアディフェンダー開発前、ヒュージ・プラクティス社は新作ホビーの開発費が足りず、クラウドファンディングを募る事を検討していた時期があった。しかし、沼地がどこからか資金を調達したため、前倒しで新作ホビー……即ち、ドアディフェンダーの開発に着手することが出来たのである。

 もしドアディフェンダーが、中国ヤクザから得た資金で開発されていたら?もしそうだとしたら、我々はヤクザのシノギに便乗していたも同然ではないか。思わず、和数多は踵を返し、ヒュージ・プラクティスの事務所へと駆けだした。

 まだ憶測の範囲だ。それでも、今すぐ知らなければならない。幸い、和数多はオフィスの鍵を持っている。店長が帰宅したであろう今、調査するなら絶好の機会だ。

 残業疲れでふらつく身体。だが、無理をおして、和数多は事務所への路を急いだ。


🎅🎅😎


「何だよこれ……酷すぎるだろ」

 真っ暗闇のオフィスで、和数多は独り言ちた。沼地CEOの机を、片っ端から漁っている。万が一悟られてはいけないので、部屋の明かりは消している。スマホ光源だけが頼りだ。

 それにしても、出てくる資料のなんと業の深いことか。ドアディフェンダー用のイラスト発注の建前で、極道系と思われる業者に多数の発注がなされている。他にも、署名を上書きしたような契約書や、欺瞞に満ちた業務契約書など。こんなものを堂々とオフィスに置いて、我々に怒号を飛ばしていたのか。和数多はやるせない気持ちになった。

 次に手にした書類は……銀行関係の書類だろうか。沼地天長の名前と、先ほども目にした極道業者の名が記されている。これも表沙汰に出来るような書類ではなかろう。和数多はよく書類に目を通そうと、机の上に置いた……その時だ。

 ビュウゥ、突然オフィス内を突き抜けた風が、卓上の書類を攫って行った。「おっと」と拾おうとして……和数多の脳裏に疑問が生じた。オフィス内に風?退勤時と、先ほどの侵入時に再度施錠は確かめた筈だ。何かヤバい、急いで書類に手を伸ばそうとし――突然、眼前の書類が何者かの足で包強く踏みつけられた!

「ア、アッ……!?」

 反射的に和数多は後ろに飛び退いた。そして、書類を踏みつけたその者の姿を目にした。160㎝前後の低身長に、赤のラインの入った黒のスーツ、そして何よりも特徴的な、猜疑心と傲慢に満ちた双眼を、スマホライトが無慈悲に照らした。

「あ、あ、あ……沼地、社長……」

「和数多クゥン……良くないよな、こういうの。人の机を勝手に漁っちゃいけないの、学校で習わなかったか?」

 沼地はねっとりと、和数多を睨みつけた。そしてわざとらしい仕草で、踏んでいた書類を目にする。

「なにかと思えば……銀行を詐欺カモしてやった時のやつじゃねぇか。ンなもん見つめて何しようとしてたんだ?俺を告発でもする気だったか?ハッ!」

 沼地は書類を破り捨てた!そして羽織っていたスーツを脱ぎ去り、ワイシャツを露わにした。

「まったく、良くねえよな。和数多も、死んだ桜久田もッ!業務怠慢を繰り返す癖に、人のことばっかり疑いやがる!こちとら、こんなに堂々と悪事働いてるって言うのによォ!」

「あ、ああああ、ああああああッ!」

 和数多の狂乱にも等しい悲鳴が、オフィス内に響き渡った。いかに嫌悪する相手が眼前にいようと、ここまで取り乱しはしまい。一体なにが彼の正気を苛んだのか!?その答えは、沼地の背後から背中に反射する、青く、象徴的なシンボルである!

 「6」「6」「6」の不吉なビンゴスロット!「JOKER」を示すトランプの絵柄!そして賭博の勝利を象徴する、十々筒大明神でかでかぴんだいみょうじん!それらの不吉なビジュアルが、沼地の身体からワイシャツ越しに浮かび上がっているのだ!それは紛れもなく、沼地に刻まれた入れ墨であった!

「ああっ、や、や、ヤクザッ!?」

「その通り、俺はホビーヤクザだったのさ!」

 いきなり眼前に現れた沼地が、和数多の顔面を容赦なく蹴飛ばした!三つの机を吹き飛ばし、和数多は3Dプリンタに衝突する!なんと常人離れした身体能力であろうか。

「桜久田はよォ……」

 カツ、カツ、カツ。威圧的に沼地が詰め寄る。

「管理職待遇だと言っても、フレックスだと言っても、俺に刃向かい続けやがった。だから殺してやったんだ。本当はもっと残虐に殺してやるつもりだった。その方が、見せしめになるからよ。それなのに……」

 仰向けに倒れ込む和数多の頭上数センチに、沼地は容赦なく足を突き立てた。

「アイツら、ぬるい方法で始末しやがるから……そんなだから、お前みたいな余計な奴まで始末しなきゃならなくなるんだ。俺は悲しいよ。社員の数も有限だっていうのによ」

 コツ、コツ、コツ。和数多の頭を軽く足で小突く。

「とりあえず、オフィスを汚した分の清掃費と壊れた機材費はお前の家族に請求してやるからな。そうだ、お前を社葬にして、その手間賃も上乗せして遺族に請求してやろうか。ウッハッハ、良かったな。最後に会社に貢献できるぞ!」

「そんな、そんな、バカなことが……」

「嫌だって言うなら、暴力で抗ってみろよ。暴対法、知らないのか?」

「あ……」

 暴対法。有名な法律だが、念のため読者の皆さんにもお伝えしておこう。1992年、時の総理、殺刃沢きやざわ総理大臣によって施行された法律である。正式名は暴力対抗法。ヤクザの暴威や民間の諍いに対し、己の暴力で対抗せねばならぬという鉄の法律である。富国強兵理念が戦後も色濃く根付いたこの国だからこそ成立した、究極の自力救済法と言える。

 暴対法の施行後、徒党を組んだ民衆によって、数多くのヤクザ組織が壊滅していった。現在、地上に残るヤクザたちは、このヤクザカタストロフを生き延びた強靭な組織か、派閥を解除し、一般人に紛れた者のどちらかに分かれることになった。沼地天長はまさに後者だったと言えよう。

 さて、集団であれば、民衆はヤクザをも上回る力を発揮する。しかし今、和数多は独りだ。一般に、ヤクザ一人で一般人10人を一度に相手取れるとされている。ならばこの場で抗ったところで、和数多の敗北は目に見えていた。抵抗しなかったとしても、ここまで踏み込んだ以上、沼地は絶対に和数多を生かしてはおかぬだろう。

「さァて、どう殺ってやろうかな。そうだ、今日できたフィギュア、早速試してやろうか」

「な、何を……」

 和数多の頭上の足を退けると、のそのそと沼地はなにかを探し始めた。程なく、彼は目当てのものを卓上から拾いあげた。それはまさに今日プリントアウトされた、《チェイン・プリンセス・ナイト アンジェシカ》であった。

「知ってるか?ヤクザの腕力があれば、一般人の頭なんか、フィギュアで簡単にかち割れるんだぜ。桜久田のときは特に楽しかったなァ。あのロボット、なんつったっけ……まあ、頑丈だからよ。何発ドタマぶん殴っても、壊れねえんだわ。この女はどれだけ持つかな」

「や、やめろ……」

 思わず、和数多は声に出した。

「ジェリカは、関係ないだろ。お前、ホビーメーカーの社長だろうが……な、なんてことしようとしてんだよ!」

「アァ?」

 フィギュアをバットに見立て素振りしながら、沼地が凄んだ。

「テメェ、俺に意見するっていうのか?今から死ぬっていうのに。気に入らねえな。お前、いつからそんなに偉くなったんだよ」

 そうだ。ここで凄んだところで、沼地の手にかかれば、自分は一撃でこの世を去るだろう。それでも、言わなければ。和数多は留まることができなかった。

「俺は……俺はアンタに憧れてこの業界に入ったんだ!アンタは確かに傲慢でヤな奴だけど、ホビーに対する愛は本物だと思ってたんだ!それなのに、大事なホビーでそんな事するなんて、お前、ホビー屋失格だよ!」

「…………お前、少し黙れ」

 沼地は驚くほど冷たい声を発した。予想外のトーンに、和数多は続く言葉を出せなかった。

 沼地はトイフィギュアを放り投げ、一瞬で和数多の眼前に詰め寄ると、恐るべき力で和数多の首元を掴んだ。

「いいか……ヤクザなんぞに身を窶さなきゃいけなくなったのは、俺のホビーショップ店員時代から付きまとうアンチのせいなんだ!アイツら、俺が何をするにも、一々騒ぎ立てて、SNSで馬鹿にしやがる!耳障りだ……目障りだ……そうだ、お前もアンチなんだろう?アンチは絶対に許さねえ。一匹残らず殺してやる」

「あ、アンチ……?なに、を……」

 沼地の腕がミチミチと音を鳴らし、入れ墨が更に強く発光する。和数多の首を絞める力がますます強まっていき、喋る事も、息をする事さえ困難になってきた。このまま強まれば、いずれ首そのものが千切れてしまうのではないか。

「そうだ、アンチはこうやって黙らせればよかったんだ!こうやって喉を潰しちまえば何も言えねえな!?ウッハッハッハッハ!」

 遠のきつつある意識の中で、和数多の中の熱は、しかし消え失せてはいなかった。ホビーに対する憧憬、それを裏切った沼地への怒り。俺はもう死ぬだろう。だから、誰か、この相手に天罰を喰らわせてやってくれないか。こんな奴が、この先のさばるなんて、このままじゃ、死んでも死にきれない……。



Rin、Rin、Rin。Rin、Rin、Rin――。



 その時、薄れゆく意識の中で、和数多は鈴の音を耳にした。それは季節外れの、クリスマスベルのようであった。サンタクロースか。そういえば子供の時、毎年好きな特撮のフィギュアをくれたっけ……和数多の意識は、そうして闇に消えた。



🎅🎅🎅


「誰だ?ふざけた音を鳴らしてんのは……」

 沼地は従業員の手を離し、オフィスに鳴り響くベルの音源を辿ろうと、周囲を警戒した。沼地が入ってから、オフィス周囲に密かに埋め込んだヤクザ地雷が機能し、外敵を阻むはずだ。なのに、爆発音一つなく、この不可解なベルは鳴り響き始めた。

「さてはアン……ぐわっ!?」

 瞬間。とてつもない質量が後方を掠め、衝撃だけで沼地は吹き飛ばされた。机2つ飛ばした後、3つ目の机の機材を蹴飛ばし、反動で着地を果たし、振り向いた。

「馬鹿な……強襲カチコミだと?」

 攻撃の主を確かめ……その正体に、沼地は言葉を失った。今、沼地は向き合っているそれは、全長3メートルを誇る、サンタの怪物であった!

 スマホライトが、その恐るべき姿を照らし出す。赤い帽子に長い白髭、その手にはプレゼント袋。一見してサンタらしい特徴を備えているように見える。しかし、サンタ特有の赤服の代わりに、その全身は入れ墨で覆われていた。龍、雪山、鳳凰、馴鹿トナカイ……様々な題材が紙一重のバランスで両立する、見事な彫刻である。目元はサングラスで覆われており、双眼から放たれる殺気がレンズ越しに沼地を射抜いた。

「……ッ、サンタ野郎が、このヒュージ・プラクティスになんの用だ?」

 沼地は、一瞬殺気に怯むも、すぐ眼前のサンタを恫喝した。だが、サンタは煙草を取り出し、不遜にもその場で一服し始めたのだ。

「アッ!?声出せッ!」

「フゥゥ……」

 やがて煙草を吸い終わると、握力で握りつぶし、その場で粉を振りまくと、サングラスのサンタは名乗った。

「儂はヤクザンタだ」

「ヤクザンタだと……!?」

 沼地はその名に聞き覚えがあった。ここ数年、名のあるヤクザエージェント達を次々と強襲し続ける恐るべき狂人の名を。ヤクザンタ。よもや実在したとは。

「ヤクザンタは悪い大人から悪魂タマを刈り取る存在、テメェの悪魂、狩らせてもらうぜ」

「ほ、ほざきやがれッ!」

 沼地は勢いよく飛び出すと、過剰なまでに低姿勢となり、ヤクザンタの足元目掛けてフックを放った!足払いである!

「俺は昔、このワザで万引きしやがったクズを階段に突き落としてやったのよ!いわば、命で支払い願ったってか!?テメェが何者か知らねえが、コスプレ野郎に負けるほど俺は落ちぶれてはいねえ!」

「フン……」

 ヤクザンタは最小限の動作で攻撃を躱す。しかし、沼地は尚も執拗にフックを放ち続ける!

(跳べ……跳んで躱せ、ヤクザンタ!跳んだ隙にテメェの股間をストレートで破壊してやるぜ!)

 沼地がほくそ笑んだ直後。フックで放った右腕が、地面に縫い付けられた!否、軌道を読まれた上で踏みつけられたのである。

「グアァッ!てめぇ、何しやがる!」

「このまま潰してやろう」

 全長三メートルを誇るヤクザンタの全体重が沼地の右腕に伸し掛かる!ヤクザンタはヤクザであるため、その威力は累乗的に跳ねあがるだろう!右腕が過重で粉砕されるのは時間の問題と思われた……だが。

「アアアアアアッ!舐めんな!」

 直後。沼地の全身の入れ墨が強烈に発光し、突発的な膂力で沼地はヤクザンタの足を振り払った。ヤクザ特有の火事場力である。右腕が自由になった後、しかし沼地は攻撃の手を止め、後方に大きく飛び退いた!後方にはすぐ壁。逃げるにしては、退路を断たれた状態である。

「フム……」

「いいか、ヤクザンタ。ここは俺の城だ。ここじゃ俺が絶対なんだ。だから……」

 沼地は壁を三度強く叩いた!すると叩かれた壁の一部が裏返り、収められていた武装……すなわち、小型マシンガン、PP2000が飛び出した!明らかな銃刀法違反だ!

「こういうのも許されるんだよ!ウハハハハハハッ!」

 ガガガガガガガ!!マシンガンが火を噴く!さしものヤクザも、銃撃に晒されれば瞬く間に死んでしまう!ヤクザンタはすぐさま近くの机を盾とし、攻撃を凌ぐ他なかった。

「ヌゥ……」

「どうしたどうした!?ヤクザンタ、お前はその程度か!?」

 PP2000の総弾数は44発。すぐに限界が訪れる。だが、沼地はすぐさま隣の壁を叩き、新たなマシンガンを補充、放ち始める!このオフィスの外殻360あらゆる場所に沼地の武装が保管されていたのだ。なんということだ。このオフィスは初めからヤクザ武装建築だったのだ……!

「お前の首には中々のインセンティブがついてんだよ、ヤクザンタァ。その資金を担保にすれば、俺は更にビジネスが出来る!ウッハッハハハハハ!」

 集中砲火が浴びせられ、机は徐々に防御壁として機能しなくなっていく。袋で更にガードするも、次々にヤクザンタの身体を銃弾が掠める。おお、ヤクザンタよ!ここで死んでしまうのか!?

「死ね、ヤクザンタ!死ねェェェェ!!」

 更に攻撃は苛烈さを増していく。沼地の全身の入れ墨が銃にまで伸び、なんらかのヤクザバフを与えているのだ!数秒後にはヤクザンタの死体が転がる。あとは元部下を処分し、最も利益を出す方法を考えるだけだ。沼地の脳裏には楽しい展望だけが見えていた。

「ウッハッハッハッハ!ウッハッハッハッハッハ!!」



 ……やがて、両手に握るマシンガンの弾が全て打ち尽くされた。オフィスの機材はズタボロだ。かろうじて、隅に置いたフィギュアたちが健在というくらいか。まあいい。この後手に入る金でいくらでも補充できる。念のため、沼地は新たな武装を手に取ろうと、壁を叩こうとした。

 その手が、何者かに止められた。

「……アッ?」

 この期に及んで、俺を止めようなどと考える不遜者がいるのか。沼地はため息をつきながら、自身を掴む者を確認し……青ざめた。その腕には、見事な馴鹿の入れ墨が入っていたからだ。紛れもなく、それは、ヤクザンタの腕!

「なん、で。お前まだ生きて……」

惨詫転移サンテレポートだ。残念だったな」

 惨詫転移。それはサンタ・クロースが用いる正規の移動手段である。クリスマスイブのただ一日、世界中の子ども全員にプレゼントを配り切るのに、ソリで移動したり、煙突から入るのは甚だ非効率だ。故に、サンタには地上如何なる場所にも転移できる特権が与えられている。ヤクザンタの場合、右腕の馴鹿の入れ墨がその能力を担っていた。無論、そう何度も利用できる業ではない。

 驚愕する沼地の顔面を、ヤクザンタは左腕で思い切り殴りつけた。少なからぬ銃撃のダメージがあるのだろう。その威力は十全ではなく、沼地の頭を吹き飛ばすほどの威力ではなかった。だが、傲慢な沼地の心をへし折るには十分な威力だった。床にたたきつけられた沼地は、逃げるように転がり込み、呻いた。

「く、来るな……やめろ、俺はまだ、負けたくない」

「負けを認めろ」

 悠然と歩むヤクザンタ。沼地は更にあとずさり、壁に激突した。

「ひ、ヒィ……来るな。来るな……!」

 頼りの入れ墨は、既にその効力を失い、輝きを失っていた。沼地は這い回るように机の後ろに隠れ、辛うじて無事であったフィギュアを、ヤクザンタに向かって投げつけ始めた。

「来るな、来るな、来るな!アンチめ!」

 ロボットのフィギュアが、少女のフィギュアが、騎士のフィギュアが、ヤクザンタ目掛けて飛翔する。それを、ヤクザンタは丁寧に受け止めては、傷つかぬように床に直立させては歩みを続けた。沼地は更に恐怖した。

「嫌だ。いやだいやだ負けたくない。そうだ、今から警察を……構うものか」

 沼地が懐からスマートフォンを取り出した。だが、ヤクザンタが一睨みすると……KABOOM!スマホは小さく爆発し、粉々に砕け散った。

(なんだ、ヤクザンタという存在は?ヤクザ?サンタ?人間では……アンチではない、のか……?)

 沼地の恐怖は限界だった。気づけば、眼前にヤクザンタがいた。ヤクザンタは片腕を上げ、そして、言った。

Merry Grimmas.メリー・グリムマス


 沼地天長は死んだ。



😎😎😎


 

 その日、和数多はいつの間にか実家のベットで寝ていたのだという。何か月も帰っていない実家。突然現れていた事で、翌朝両親に驚かれたのを、和数多は覚えている。だが、何よりも忘れらないのは、あの夜、不思議な夢を見たという事だ。


 Rin、Rin、Rin。Rin、Rin、Rin。

 和数多は傷だらけのサンタクロースの後ろにいた。下を見るとそこは摩天楼で、自分はソリに乗っているのだと気づいた。宙を飛ぶソリとそれを駆るサンタクロース。なんだ、本当に季節外れじゃないか。和数多は苦笑した。

「えっと……サンタ、さん?」

「儂はヤクザンタだ」

「ヤクザンタさん。助けていただいた、んですよね……沼地は、どうなったんですか?」

「沼地天長はヤクザだった。ヤクザには還るべきところがある。お前ら人間とは違ってな。奴は紛い物ではあったが、最期はそれに従ったのだよ」

 ヤクザンタの話は、和数多にとって理解しがたいものだった。

「……俺、この後どうすればいいんでしょうか」

「儂には人間に長く干渉する権利がない。だから、お前に行く道を示すことは出来んのだ……すまんな」

「そう、ですか……」

 すると、ヤクザンタは袋の中から一枚の紙きれを取り出し、和数多に渡した。

「こいつは、友人のサンタ・クロースから掻っ払ってきたもんだ。お前には、見る権利があると思う」

「……?」

 それは子どもの名前と、プレゼントの要望が書き連ねられたリストのようだった。名前の方はぼんやりしていて、当時も直視できなかったと思う。一方のプレゼントの方は鮮明で、『猜★疑★王』とか、『仮面クルセイダー』とか、人気のグッズの名前が挙がっていた。

 どれもこれも、知名度の高い作品ばかり。俺もこういったコンテンツに携われたら……そう思った和数多の目に、リストのある項目が目に留まった。そこにはこう書かれていたのだ。『ドアディフェンダーのじゅうおうきしん アルケリオン』と。拙くも、素直な字で。

「……ヤクザの金で作ったホビーでも、本当に欲しがってくれた子がいたんだな……」

 苦しいばかりではなかった。悲しいばかりではなかった。ドアクルセイダーには、確かに楽しんでくれた子供がいたのだ。和数多はこのとき、ヒュージ・プラクティスに入社して以降はじめて歓びに感極まった。

「まあ、そういうわけだ。俺に作り手の気持ちはわからんが、こういうの、大事なんだろ?」

「……はい。……はい」

「……そうだ。あの時偶々拾ったフィギュアがあったんだ。儂はプレゼントなんて配れねえから、預かってくれんか」

 そうして、ヤクザンタは一体のトイフィギュアを和数多に渡した。あれが本当に起きた会話かは分からない。だが、和数多が実家のベットで目を覚ましたとき、それは確かに、枕元近くの机に置かれていたのだった。


 あれから半年が経った。沼地社長は失踪した扱いとなり、会社は事実上の倒産……その後様々な不祥事が露見し、当時の上役たちはその対応に追われ、何人かは連絡がつかなくなった。

 和数多もまた職を失い、暫くの休暇を経て今、新たにホビー系の企業への面接に赴こうとしている。ゼロからのスタートに等しい。だが、決して無謀な挑戦とは思わない。沼地に向かって反抗した、あの時の勇気があるから。

 まだ面接まで時間がある。ベンチの上で、和数多は就活鞄を開いた。中には厳重なケースに囲われた、女性型フィギュアが格納されている。ヒュージ・プラクティス倒産後、他のチーム全員に確認したが、不要と返されたので、結果和数多が持ち続けることになったトイフィギュアだ。

「……俺、頑張るよ。応援しててくれ、ジェリカ」

 フィギュアの名は、《ソード・プリンセス ジェリカ》。彼女に向かって和数多は小声で話しかけた。心なしか、ジェリカが微笑みを返した。そんな気がした。



ヤクザンタvsホビーヤクザ【終】

スキル:浪費癖搭載につき、万年金欠です。 サポートいただいたお金は主に最低限度のタノシイ生活のために使います。