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読みやすさとは何か、ということについて。

この文章を読んでいるあなたは、本を読むのが得意ですか?

私はというと、どちらとも言えません。昨年、本を一冊出版したくらいなので、今でこそ本は好きですし読むのも早くなりましたが、子どもの頃はむしろ苦手でした。

なぜ苦手だったのかと考えると、端的に言えば「めんどくさかったから」です。大量の文字情報を目の前にすると、それだけでウンザリして眠くなってしまい、面倒くさがり&せっかちだった私は、あらすじと結果だけ分かっていればいいじゃないか、と思っていました。

そもそも、本とは何なんでしょう。

私は「伝達手段」つまり「コミュニケーション」だと考えています。そして、作者が伝えたいのはその「言葉と内容」であり、表面上の「文字」という「記号」ではありません。たくさんの言葉をたくさんの人に伝達するために、便宜上、言葉を可視化する手段として、文字の集合体である「本」という形式が必要になっているのだと考えています。

そういう意味では、限られた紙面の中に文字が大量に並んでいるあの状態というのが「読みやすさ」という観点で本当にベストなのだろうか、という疑問が浮かびます。

普段からあれだけ大量の情報に違和感なく接することができているのは、私たちが古くからあの形式に慣れ親しんでいるからなのではないか。実はもっと他にも読みやすい形式という可能性があるのではないか、そんなことを考えるようになりました。

そのキッカケになったのは、「リーディング・トラッカー」という読書補助具の存在を知ったことでした。

それは、左右の行を隠すことで自分の読んでいる行を読みやすくする道具です。気になったので実際に買ってみたものが、こちらです。

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読みたい行にハイライトをかけ、左右の行を隠せるようになっています。実際に使ってみると、たしかに読みやすいと感じます。

強いていうなら、本を持った状態でこのリーディング・トラッカーを一行ずつあてがわなければならないという手続きが、どうしても手間に感じてしまうという難点はあります。

しかし、大量の文字の羅列の中で自分がどこを読んでいるのかは、ハッキリと認識することができます。そのため、この道具は視野狭窄などの視覚障害を持つ人やディスレクシア(読み書き困難や読字障害などとも呼ばれる学習障害の中心的な状態の一つ)を持つ人に効果が高いと言われているそうです(詳しくはこちらのリンクをご参照ください)。

このリーディング・トラッカーを見て、私はハッとしました。なるほど、文章を読みづらいと感じるのは、周辺の文字情報が気になってしまうからなのか、と。必ずしもそれだけが原因ではないはずですが、一つの大きな要因であるように感じました。

それが頭の片隅に何となく残っていて、ある時ふと思ったのです。「だったら文章全体を一行にして、スマホでスクロールして読めるようにしたら、読みやすくなるんじゃないだろうか」と。

これはハッキリ言ってまったく確信がなく、実際に作って体感してみないことには分からないな、と思いました。そこで作ったのが、「一行文庫」というサイトです。

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読んで字のごとく、「全文を一行で読める本」をコンセプトにしています。説明するよりも、実際に体感してもらう方が早いかもしれません。

onelinebook.com

実際に作ってみると、色々と面白い発見がありました。まずは、一行にしたことで文章のまわりに余白がたっぷりとでき、これによって一つ一つの言葉に集中して読むことができるようになったことです。見た目上のレイアウトも、すっきりと美しいものになりました。

また、これはたまたまですが、スクロールバーがあることで、自分が文章全体のどの辺を読んでいるのか、ザックリとわかる点もリーダーの機能としては面白いものになったと思います。

それから、文章量や内容によって相性がある、ということも分かりました。当然と言えば当然ですが、さすがにこの形式で5万字とか10万字の長文を読むことは難しいでしょう。せいぜい1万字程度が限界かと思います。そういう意味では、分量的にも内容的にも「走れメロス」はピッタリでした。

内容的には、登場人物や場面転換が少なく、ストーリーもシンプルな構成のものが向いているように思います。

デザインとしては、一行の文章以外の情報をできるだけ削ぎ落としつつ、文庫本の本文の印象に近いものを目指しました。ただ、通常の書籍本文に使われる明朝体よりもやや崩れた、柔らかく流麗な書体を選び、字間もややゆったりと組んでいます。これによって、一つ一つの文章が詩的に感じられるようになっているのではないかと思います。

UIもできるだけシンプルに、一行が貼り付けられたページをただスクロールするだけ、という仕様にしています。これは、自分のスピードで自由に前後できるようにするためです。もちろん、オートスクロールの方が見やすいということもあるかと思いますが、それはそれでストレスに感じる人もいるので、スマホ上の設定でオートにすれば良いかな、と思っています。

また、これだけ長いページになってしまうと、それだけでやや重たくなってしまうので、余計な負荷をかけたくないということもあります。

実際に6/25にサイトを公開し、Twitterでシェアしたところ、ありがたいことにたくさんの反響をいただきました。「読みやすい」と言っていただいた方が多かったのですが、感覚的には3割〜4割くらいの割合で「読みにくい」という人がいることも、大変興味深い点でした。色々なご意見をいただき、たいへん参考になっています。

「読みにくい」と感じる人が一定数いることは、ある程度予測していたことではありました。当然「読みやすさ」なんてものは個人の感覚に依存するものなので、絶対ということはあり得ません。おそらく、これが読みづらいと感じる人は、普段からちゃんと本を読めている人で、多面的な見方をできている人なのだと思います。

ただここで実際に感じて欲しいのは「読みづらいなぁ」ということだけではなく、裏を返せば、いま自分が感じているのと同じように、通常の本の方を読みづらいと感じている人たちがいる、ということです。

もちろん、一行にすることが唯一の正解だとはまったく思っていません。たくさんの読み方があってしかるべきだと思います。ただ、これだけテクノロジーが進化しているわけですから、旧来の形式にとらわれず、多様な表現の選択肢があってもいいのではないかと思うのです。

これに関しては、実は誰よりも私自身が楽しんでいます。子どもの頃から過去の名作文学がどうしても苦手で、「走れメロス」も「羅生門」も「注文の多い料理店」も、内容は知っていましたが、今回初めてキチンと読みました。読み方一つでこうも印象が変わるのかと、自分自身が驚きつつ、子どもの頃に感じ取ることができなかった名作の機微に、今更ですが感嘆しながら作っているのです。

そして何よりも嬉しいのは、「今まで読む気もしなかった作品を、スラスラと読破できた!」といった感想をたくさん頂き、この感覚を共感できているという実感があることです。

今後の展開としては、この形式で読んでみたい他作品を、引き続き追加していく予定です。また、この形式に合った「一行小説」を募集するコンテストを開催するのも、面白いかなと思っています。

あくまでも本を楽しむ一つの手段として、多くの人に楽しんでもらえればと思っていますので、今後とも温かい目で見守っていただけたら幸いです。

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↑よかったらぜひ、こちらもお願いします。一行ではないのですがw



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