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お腹が痛い時に飲む薬は?

私がお腹痛い時に飲む薬はラッパのマークの『正露丸』です。

はるか昔に服用し効果抜群だったことから常備してあります。

さすがにむき身は匂いがきついのでコーティングされている「セイロガン糖衣A」。

https://www.seirogan.co.jp/products/toui_a/index.html

公式のホームページに「糖衣Aは匂いはありません」と書いてありますが、嘘です。匂います。
確かに昔ながらの『正露丸』に比べればだいぶ抑えられていますが、さすがに「ありません」というのは無理があるレベル。
私はもう慣れたので平気ですが、最初に箱を開けた時騙された気分になったのは事実です。
良薬は口に苦し、もとい”良薬は鼻に臭し”と言ったところでしょうか。

そんな『正露丸』ですが以前は違う表記だったことをご存じですか?

『正露丸』の歴史は古く、原型は1830年にドイツの化学者カール・ライヘンバッハ氏がヨーロッパブナから採った木クレオソートを蒸留した薬品。
当初は化膿傷の治療に使われていましたが、後に高い殺菌効果が認められ食肉の保存防腐剤や胃腸薬として利用されることになり、江戸時代後期の1839年に長崎のオランダ商館長が日本に持ち込み、「結麗阿曹多(ケレヲソート)」と呼ばれました。

日清戦争で不衛生な水を飲んだことによる感染症の拡大に悩まされた日本陸軍は、クレオソート剤にチフス菌の抑制効果があることを発見。

(日露)戦役ノ初メヨリ諸種ノ便宜上結列阿曹篤(クレオソート)ヲ丸トシテ之ヲ征露丸ト名ケ出世者全部ニ支給

明治三十七八年戦役陸軍衛生史

出ました『征露丸』。
『正露丸』はもともと『征露丸』で由来は日露戦争だったんですね。
読んで字のごとく「ロシア(露西亜)を征する丸薬」という意味です。

その後、軍隊での『征露丸』の配給は日露戦争が終結した翌年の1906年に廃止されましたが一般家庭に普及しました。
戦前は中島佐一薬房が「忠勇征露丸」の商標を持っていましたが、1946年に「忠勇征露丸」の製造・販売を大幸薬品が引き継ぎました。

1949年に敗戦国の日本が戦勝国のロシアを「征する」という商標は問題視され行政指導を受けた結果、「忠勇征露丸」は「中島正露丸」に商標変更して現在に至ります。

それからおよそ70年、今は「ロシア(露西亜)を制止する丸薬、『制露丸』」が登場することを切に願います。

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