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『人はなぜ戦争をするのか』ー90年前に二人の天才も問うていた疑問について考える。

ロシアのウクライナ侵攻が始まってから1年が経ちました。当初はこんなに長く続くとは思われていなかった戦争ですが、終りが見えないまま続いてしまっています。

この戦争を終わらせるために私達にできることはないに等しく、1年という月日は大きな無力感を感じさせます。

私に何ができるのだろうかと考えても答えが出ない中で思ったのは、「人はなぜ戦争をするのか」ということでした。戦争なんてしても一つもいいことはないのになぜ人は戦争をするのか、どうしていつまで経っても人は戦争することをやめないのか。そんな答えの出ない疑問が頭を駆け巡りました。

そんなときに出会ったのが、フロイトがアインシュタインの問いに答える形で書いた書簡「人はなぜ戦争をするのか」でした。光文社古典新訳文庫『人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス』所収のものを読み、90年前の文章であるにも関わらず今の私達にこそ語りかけているようで、たっぷりと考えさせられました。

この書簡は物理学者のアルバート・アインシュタインの質問に対する心理学者のジークムント・フロイトの回答です。アインシュタインの質問は書簡には収められていないのですが、人間の攻撃衝動についての質問だったようでう。それに対するフロイトの答えが流石に秀逸です。

簡単に言うと人間には破壊衝動があるし、歴史的に対立を暴力で解決してきた。だから戦争はなくならないという話です。そりゃそうだと思いますが、この破壊衝動(欲動)の部分が非常に興味深いのです。

人間の欲動には二種類があり、1つは生を統一し、保存しようとする「エロス」的な欲動、もう一つは破壊し、殺害しようとする攻撃欲動や破壊欲動です。人間がすぐに戦争を始めたがるのは、破壊欲動の表れですが、それはある意味ではエロス的な欲動の裏返しです。

というのも、破壊欲動は外に向かない限り内部(=自分)に向きます。そうするとエロス的な欲動が阻害されます。だから破壊欲動を外に向けることでどちらの欲動も満たすことができるのです。

なので、

人間の攻撃的な傾向を廃絶しようとしても、それが実現できる見込みはないという結論になります。

『人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス』p22

ということになります。ではどうしたら戦争を防げるのか。その一つの答えとしてこう書かれています。

人間の間に感情的な絆を作り出すものはなんでも、戦争を防ぐ役割を果たすはずです。

p23

これは愛情や同一化によって感情的な結びつきが強まることで社会に一体感が生まれ、その内部に攻撃欲動が向かないようにする方法です。ただ戦争をなくすためには世界が一つの社会にならなければならず、現実的ではないとも言っています。

もう一つは文化です。文化が発展すると「人間の欲動の目標が次第にずらされ、欲動の動きそのものも制限されるようにな」ると言うのです。その結果「攻撃的な欲動が主体の内部に向かうようになり」、戦争に不寛容になるというのです。

つまり文化が発展していけば誰もが平和主義者になり、戦争はなくなるというのです。もちろんそれがいつになるかはわかりません。フロイトも最後の方に

誰もが平和主義者になるまで、あとどのくらい待たねばならないのでしょうか。

『人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス』p27

と書いています。90年では全然足りませんでしたし、あと90年でもおそらく足りないでしょう。でも文化の発展がいつか戦争を世界からなくしてくれる。それは信じるに足る考え方だと私には思えました。

みなさんも短い文章なのでぜひ読んで、そのことを実感してみてください。

私は文化の発展のためにできることをやるつもりです。

Top image by Ehimetalor Akhere Unuabona

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