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社会システム研究①~GDPと豊かさの関係

色々、社会システムについて考えたり勉強してきたりしたことを一旦整理してみたいと思います。

まず「GDP」です。国内総生産。GNI(国民総生産)もありますが、一旦、GDPの話にフォーカスします。GDPにフォーカスするのは理由があるのですが、それは徐々にお伝えしていければと思います。また実際、政府が今もGDPを重視しながら政策決定をしていると言われているので、GDPの話を整理したいと思います。

まず、GDPとはそもそも何なのか。

これは、シンプルに【売買高】です。つまり、お金による取引の総額です。

Aさんが白菜を300円で売って、Bさんが白菜を300円で買った。

これが「GDP300円」です。

売買高は、政府が把握・測定しやすいためにこれが指標として使われている面もあるだろうと思います。

しかし。

これ、物凄く重要だと思っているんですけどGDPは売買高のため、売買ではないものは計上されません。

例えばUberEatsでご飯を買えばGDPに計上されます。

しかし「ちょっと煮物つくりすぎちゃって。食べてくれない?」とおすそ分けをしたものはGDPには計上されません。

チケット代を払って遊園地に遊べば、GDPは増えますが、

公園でのんびり過ごしてもGDPに計上されるものはありません。

家庭教師を雇って子供の勉強を見てもらえば、GDPに計上されます。

親が自分で子供の勉強を見たら、GDPには計上されません。

さて。

これは、とても大事なことだと思っているんですが、

前者(GDPに計上されるもの)と、

後者(GDPに計上されないもの)と、

どちらの方が、より豊かなのか、より幸せなのか、これはとても難しいものです。

答えとしては「人による」ということになるのかなと思いますが、少なくとも、後者の方が豊かさや幸せを感じる人もいるというのは間違いないと思います。

だとしたら「GDPを増やすことをとにかく目指す」というのは、ちょっと筋が悪いということが見えてきます。

GDPが増えても、国民が幸福になるとは限らないからです。

「GDPを増やす」という方向性を正義とすると、生活の中の「売買高」を増やすことになります。色んなものが、お金による取引になっていった方が「売買高」は増えるからです。

物凄く極端に言いますが、親が子供の勉強を無償でみるのを禁止して、「ちゃんと売買にしなさい」とすれば、GDPは増えるんです。子供が、親に、家庭教師代を払う。その方がGDPは増えます。

これはまぁ極論とは思いますが、しかしGDPを増やすというベクトルはそういうことです。おすそ分けの世界より、UberEatsの世界の方がGDPは増えます。

「村社会の息苦しさ」と「都市生活の気楽さ」は、ここに密接に結びついています。

都市生活は、お金を払えば生活が成り立つので人間関係が希薄でもいいのです。しかし、その分お金はどうしても必要になります。

村社会の生活は、人間関係が濃密でお金が少なくても成り立ちやすくなります。しかし、その分人間関係にかなりエネルギーを割く必要が出てきます。

都市生活は、孤独な人間を生み出すリスクが高く、

村社会は、息苦しさを感じる人間を生み出すリスクが高くなります。

GDPを増やそう、ということは都市生活を増やしていこう、ということほぼ同義です。

このことについては、よく考える必要があるだろうと思っています。


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