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「いま、足りないものは何だ」(リーグ第18節・ヴィッセル神戸戦:0-1)

 前半の何気ないシーンが気になりました。

それは32分のワンシーンです。佐々木旭とパス交換しながら、次に出すパスコースを探る高井幸大に向かって、インサイドハーフの脇坂泰斗がセンターサークルまで降りてきました。すぐ近くにはアンカーの橘田健人を監視している井出遥也がいますが、脇坂は「それでもボールをつけてくれ」という強いジェスチャーで足元にパスを要求しています。

 前線からプレスバックしている大迫勇也と井出遥也に囲まれていることで、高井はパスを出すタイミングを一瞬だけ躊躇しています。強気にパスを通すと、素早くターンした脇坂泰斗は、前を向いて前線にスルーパス。山内日向汰には惜しくも合いませんでしたが、周囲に相手2人がいる狭い場所でも難なくボールを受ける脇坂泰斗の技術が垣間見れたシーンでした。

 ただなぜ高井幸大はパスを通すのを躊躇したのか。高井幸大は決してビルドアップが下手な選手ではありません。むしろチームのディフェンダーの中では判断と技術に秀でたセンターバックです。にもかかわらず、この試合ではビルドアップで簡単に捕まってしまいそうになりました。

 風間八宏監督時代に普及した言葉に「フリーの定義」があります。

 当時、中心選手だった中村憲剛は「ウチはフリーの定義が違うんです」とよく言っていました。風間監督の指導している「外す動き」というのは、少しだけ動いて、相手が届かない位置で間合いを作ることがポイントでした。だから、たとえ相手を背負っていたり、狭いエリアでも、ボールをキープできる位置にさえ味方がパスをつけてくれるならば、それは風間フロンターレでは「フリーな状態」だというわけです。

 でもこれが他のチームであれば、スペースのある「場所」に走って、マークを振り切ってボールを受ける状態であることを「フリー」と定義していることが多いです。だから、慣れていない新加入選手は、そこの理解のギャップを埋めなくてはいけませんでした。

 例えば当時のエースストライカーである大久保嘉人は「俺にボールを出せ」とよく味方に言い続けていました。それは相手のマークを背負っていても、一瞬だけ相手を外して利き足にさえちゃんとしたボールを出してくれれば、相手に取られない位置にボールをコントロールできるからです。つまり、受け手の大久保嘉人にとってはこれは「フリーの状態」なんです。

 でもそこでパスの出し手が「いや、それはフリーじゃないよ。だって、マークされているから、パスが出せないよ」と躊躇してしまうと、パスは出てきません。でもこの足元でボールを受けるプレーの連続でボールをつなげて局面を打開していくのが、風間フロンターレのサッカーでした。

 だから、出し手はこのギャップを埋めなくてはいけません。フリーになったらそのタイミングを逃さず、なおかつ、ビビらずにボールをつけることが求められます。

このときに求められるのは、タイミングを逃さない目と、味方の足元に対して寸分の狂いもなく届ける技術の「正確性」です。

「正確に届ける」とはどういうことなのか。それは「ここらへんでいいや」というアバウトなものではなく、受け手がトラップできるのは右足か左足か、その求める正しい位置に寸分の狂いもなくパスを出すということです。

 しかも速くて、強いボールで届けなくてはいけません。
相手を外すのは一瞬ですから、そのタイミングでボールを受けるためには、遅くて弱いパスだと、相手に追いつかれてカットされてしまうからです。バスケットボールやハンドボールの、手元にビシッと届くパスの例がわかりやすいと思います。

もちろん、受け手もしっかりと相手が届かない場所にトラップできなければ、意味がありません。出し手と受け手の「目と技術を揃える」というのはそういう話です。出し手と受け手のどちらか一方だけが、それを出来るだけでは成立していかないのです。

 鬼木フロンターレになっても、このエッセンスは継続して取り組んでいます。ただ、かつてと同じように目と技術が揃っているかというと、そこまでこだわりは強くないように感じます。

 この日の敗戦は、その是非を考えさせられる試合でした。リーグは折り返しを迎えますが、チームの進化をなかなか実感できない現状も含めて、レビューで振り返っていきたいと思います。

<6月20日に補足しました>

「フリーの定義」に触れる際、よく感じることなのですが、言葉でどういう説明するよりも実際の映像を見てもらった方が理解してもらいやすいことが多いです。

 小林悠が140点目を決めた、今年のサンフレッチェ広島戦。得点シーンではないのですが、後半開始直後に彼が作った決定機が「フリーの定義」としてわかりやすい場面だったと思うので、それで説明したいと思います。

(ハイライトのちょうど1:00ぐらいの決定機を見て欲しいと思います)

少し説明しておくと、この試合までチームは4試合無得点が続いていました。

決定機自体が作れていなかった中で、ストライカーの小林が味方に要求し続けていたのが、相手が背中にいても自分にパスを出してくれというものでした。相手が背中にいても、間合いを作ってトラップできる位置に出してくれれば、それは彼の中ではフリーなのです。

 小林悠は風間監督時代の「フリーの定義」を体験してきた、数少ない選手です。この場面では脇坂泰斗が背中にマークがいる小林悠にボールをつけています。出し手の脇坂泰斗も、受け手の小林が取られない場所にコントロールすれば、お互いにフリーだと認識してるからこそ、背中に相手がいてもそこにパスをつけたわけです。

このボールをうまく落とした小林は、瀬川祐輔からのリターンに抜け出して決定機を作ってます。これはGK大迫敬介に防がれてしまいましたが、後半開始30秒でチームの雰囲気を変えた場面でした。そしてこの後に小林はセットプレーから通算140点目を決めました。

 この試合後、決定機の場面について僕は小林に聞いています。崩しの手応えを得た場面だったと口にしてます。

「相手がいてもヤスト(脇坂)が(パスを)出してくれて、そこに瀬川と繋がっていいパスが来た。シュートはGKに当たってしまったけど、入りは良かったし、こうすれば点は取れると思っていた。その後の時間帯は『勝てるぞ!』とみんなに声をかけて、背中を叩いてました」

やってることは出し手と受け手がお互いにフリーだと認識しながらパスをつけて、そこから「出して」「動く」を繰り返して相手を外しただけです。別にこれが何か特別な崩しだとも思いません。いわば、フロンターレにおける崩しの基本です。でも、それで相手の組織は崩せるわけです。

 ただし、出し手と受け手がお互いに「フリーだよね?」という感覚でやらないと、この局面は生まれません。この場面は脇坂泰斗と小林悠の関係で成立させた局面ですが、そこの目と技術をもっとチームで揃えたいよね、という話です。狭いエリアを攻略する形はポストワークに優れたバフェティンビ・ゴミスが機能した時ぐらいしか生まれていないのが現状です。

これはスペースのないゴール前の崩しだけではなく、ミドルサードの仕掛け、ビルドアップでも然りです。シュート3本で終わった神戸戦では、果たしてそこの認識がどうだったのか。

 広島戦の試合後、小林は攻撃のキーワードとして「つながり」を口にしていました。

「人と人が繋がっていると、イメージだったり、シュートまでの流れがいいプレーがある。打たされているシュートではなく、自分たちで崩せたプレーがあった。それを増やしていくこと。今週はそういうシーンが多かったし、練習で合わせることが試合につながる。コミュニケーションや受け手、出し手のところ、そこは練習が全て。今週は良いトレーニングができた。これが大事なのかなと思います」

名古屋戦からの中断期間、チームがどういう取り組みをしてきたかは本文でも触れている通りです。それを踏まえて、チームが戻るべきところ、取り組むべきところをしっかりと向き合って欲しいと思います。(補足終わり)

※冒頭で触れた、中盤の低い位置に落ちて高井幸大からパスを引き出した32分のシーン。あれは、最初の欲しいタイミングでもらえなかったシーンだったように僕には見えました。要は「フリーの定義」が揃っていないシーンだと思ったのですが、オフ明けの6月18日の練習後に脇坂泰斗にあのプレーについて、ピンポイントで尋ねてみました。後日取材として追記しておきます。

■(※追記)「あれは僕が(相手の)FWを食いつかせて、コウタ(高井幸大)をうまく前進させようと思ったんです」(脇坂泰斗)。前半32分の出来事を読み解く。2手先、3手先を読んで準備しないと、ボールはスムーズに回らないということ。

※全体練習に合流している大島僚太が6月18日の練習後に囲み取材に応じました。現在、トレーニングで意識しているのは「思い出すこと」。それがどういう作業であるのかを聞くとともに、チームに起きている問題点に関する自身のスタンスも触れてくれました。実に大島僚太らしかったです。追記その2として、約3000文字のコラムで残しておきます。

■(※追記その2)「それをプレッシャーに感じるかどうかは練習で積み上げるもの。試合でそれ以上のことが起きるのであれば、それを受け入れることもあるのかな」(大島僚太)。完全復活に向けて練習に取り組む、大島僚太が取り戻したいもの。そしてチームの問題点に関する自身のスタンス。

※こちらは天皇杯2回戦のレビューです。


では、スタート!

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