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「不思議な手品のように」(天皇杯2回戦・ソニー仙台FC戦:2-0)

 76分、この日の入場者数が7000人と発表されると、小さくないどよめきが起きた。

 まさかのジャスト7000人。

天皇杯の入場者カウント方法を詳しくは知らないのだけど、誰か一人でも足を運ばなかったらこの数字にはならなかったことになる。

 ちなみにこの日開催された天皇杯2回戦の全会場で、トップの観客数だ。2位はデンカビッグスワンのアルビレックス新潟対ギラヴァンツ北九州で6519人。5000人越えたのはこの2会場だけだった。

平日のナイターのカップ戦。仕事帰りに、スタジアムまで足を運ぶかどうかに迷った人もいただろうと思う。そういう思いで等々力に駆けつけた人がちょっとだけ報われて、そして誇らしい観客数だった。

 試合は川崎フロンターレがソニー仙台FCに2-0で勝利。

 前半39分に山田新、後半13分にマルシーニョが決め、そのまま手堅く勝ち切った。4部リーグにあたるJFLのチーム相手に2点差なので、最低限の結果といったところだ。選手たちが内容に満足していなかったのは試合後のミックスゾーンでの表情からもわかるし、多くの選手が課題を口にしていた。

 同時に公式戦という場で結果を出したことが前向きな材料になる選手もいる。

 この日、1得点1アシストの結果を残したマルシーニョがそうだ。このチームでは左ウイングの不動のレギュラーだった、実は久しくゴールを奪えていなかった。そして前節の名古屋グランパス戦ではスタメンを山内日向汰に奪われている。小さくない危機感もあっただろうと思う。

 自身にとっては3月の鹿島アントラーズ戦以来となるゴールで、その味を3ヶ月ほど噛み締めていなかったことになる。試合後、「久しぶりの得点でポジティブな変化が生まれるのでは?」と彼に尋ねると、彼はホッとした表情で語ってくれた。

「おっしゃる通りで、長い期間ゴールができなかったので。今日このような試合でしっかりと決めることができたので、引き続きゴールを取れるようにやっていきたいと思います」

 自らの得点シーンは、マルシーニョらしい裏抜けから。
背後を狙って駆け引きしていた自分の動きを、最終ラインで何気なくボールを動かしていた佐々木旭が見逃さなかった。1本のロングパスに対して、スピードで後ろから追い抜き対面していた相手より前でトラップ。さらにカバーに入っていた相手も横にかわし、そのまま振り向きざまのシュートを放ってゴールネットを揺らした。

「常に背後を狙うのは練習からやっていました。うまく裏に抜け出せたかなというイメージで、シュートのことだけを考えていました。練習通りのいい動きでゴールができたと思います」

 先制点も背後に抜けた動きで、右サイドにいた脇坂泰斗からの鋭いクロスに飛び込み、絶妙に落としたボールがアシストになった。決めたのは山田新だったが、あの崩しは脇坂泰斗とマルシーニョによる呼吸でもある。

「僕が持ったら走るので。見たら走ってました」と脇坂は言う。

「天皇杯のボールは軽くて蹴ったら飛んでしまう感覚があるんです。ちょっと(キックは)強いかなと思ったんですけど、(マルシーニョは)速いですね。あそこをちゃんと折り返してくれました」

 もちろん、その呼吸をマルシーニョもわかっていた。脇坂泰斗が前を向いたあの瞬間が、自分が走り出すタイミングであることを。

「ヤスが中盤でボールを持って前を向いたら、あそこに入っていく。それは練習からやっていましたから、そのまま出たかなと思います。ヤス(脇坂泰斗)がうまく上げてくれて、自分も追いついて触ることができました」

 とはいえ、先制点が生まれるまでは、ボールを保持していながらも攻めあぐねていたような印象があった。

 その原因は何だったのか。選手の証言とともにそこを掘り下げながら、試合を語っていこう。

※天皇杯2回戦では、FC町田ゼルビア対筑波大学で番狂せが起きました。ただ話題は試合以外の部分にも飛び火しています。

この騒動で思い出したのが、かつて川崎フロンターレです。2009年のナビスコカップ(現在のルヴァンカップ)の決勝でFC東京に敗れ、表彰式での選手たちはメダルを首にかけられた直後に外すなど、悔しさをあらわにしました。Jリーグや日本協会の幹部との握手を拒んだ者もおり、勝者への敬意を欠いた行動が問題視され、大バッシングを浴びました。なぜかこの話を思い出したのか。そんなことを追記しています。

■(※追記:6月15日)町田対筑波大の騒動に思う、チームが急激に強くなると起きる歪み。「グッドルーザー」になれず、世間から大きな批判を浴びたかつての川崎フロンターレの話。


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