殺意の掟
もう駄目だと思った。
山奥の廃村でこの男の頭を岩で潰しておしまい。そのはずだった。
男はこちらの動きを全て読んでいるかのようだった。雨の中、蛇のようなしなやかさで私の首を掴み、地面に叩きつけた。
「無駄な抵抗をするな」
男は片手で私を組み伏せながら、胸元から手帳を取り出し地面に叩きつけた。そこには警視庁捜査一課 犬神城と書かれていた。
「警察官5名、刑事3名を殺した連続殺人犯『警官殺し』──お前が犯人だ。凪瀬翔馬」
私は抵抗するのをやめ、力を抜く。ここまでのようだ。
「何故笑う」
犬神城の問いではじめて自分が笑っていることに気が付いた。
「いやあ、楽しかった。実に楽しい殺しだった。そう思ってね」
組み伏せる力が強くなるのを感じた。
「快楽殺人か」
「カテゴライズされるのは好きじゃない。ただ、まあ楽しかったよ。警官との殺し合いは」
怒りで顔が歪む表情も美味であるということは、言わないでおこう。
だが予想に反して、犬神城の顔は無表情そのものだった。
ふっと、組み伏せる力が弱くなる。
犬神城は立ち上がり、警察手帳を拾い上げた。
私が恐る恐る立ち上がっても、犬神城は何もしてこない。ただ遠くを眺めている。
「どういうつもりだ?」
私が問うと、犬神城は地面に膝をつけた。
「あんたを見込んで頼みがある」
わけのわからない状況がこれほ私を苛立たせるとは知らなかった。常に理不尽とは私の側にあった。だがこいつは単独で私を見つけ出し、圧倒的な力で組み伏せておきながら今はこうして膝をついている。
「お前は一体、なんなんだ」
「さっき見せただろう。俺は刑事だ」
犬神城は顔をあげる。
「だが殺したい奴がいる」
このとき、山の中だというのに全ての音が遠ざかる気がした。
「警視総監、王善寺一郎をあんたに殺してほしい」
理不尽の側にいるのは私か、こいつか。
私を見上げる犬神城の目は乞うているというより、試しているかのようだ。
【続く】
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