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オールの小部屋から⑱ 編集者はタイトルを考える

 気がつけば1か月、更新が滞っていました。ついこの前、年があけたばかりなのに、もう2月も終わろうとしていて、驚くばかりです。
 このひと月、何をしていたかをふりかえりますと……
 2月5日、文春文庫時ひらく刊行を記念し、日本橋三越で開催された阿川佐和子さんのトークイベントの進行役を務めました。夜、東京に大雪が降った日です(大変な日に来場してくださったみなさま、ありがとうございました)。

日本橋三越中央ホールにて。左が阿川佐和子さん(©三越伊勢丹ホールディングス)

『時ひらく』は三越創業350年を記念して編まれたアンソロジーで、三越を舞台にした短編小説6作が収録されています。その6名の筆者のひとりが阿川さん。「雨あがりに」という感動的な一編を寄稿してくださったご縁で、三越のイベントに(ついでに私も)招かれたというわけです。
 さて、みなさん、この本の表紙にご注目ください。1950年に誕生した三越オリジナル包装紙「華ひらく」のデザインをベースにしていて、一見して、「あ、三越」とわかるようになっています。表紙カバーも、ふだん文春文庫はグロスPP(光沢のあるフィルム)を貼ってツヤツヤにする加工を施すんですけれども、この本に限ってはフィルムを貼らず、三越の包装紙のような手触りの紙をそのまま用いています。手に持ったとき、まるで本が包装紙に包まれているような感じを楽しめるようデザインされているのです(装幀を担当した文春のデザイナー・大久保明子さんのアイデアだそうです)。

『時ひらく』(デザイン:大久保明子)

 まだ2月ですが、私、早くも本書が「文春文庫デザイン・オブ・ザ・イヤー」ではないかと思います。それくらい美しいデザインですし、造本も行き届いている。思わず手に取りたくなる1冊。さらに『時ひらく』というタイトルがまたすばらしいと思いませんか。
 この題名は、文庫部の編集担当サイトウさんが考えたものです。デザインの元になった包装紙「華ひらく」を想起させつつ、同時にアンソロジーに通底するテーマをしっかり捉えている。三越百貨店という特別な場所を結節点に、さまざまな人たちの「時がひらく」。名タイトルだと思います。

オール讀物3・4月合併号

 タイトルを考えるのは、編集者の大事な仕事のひとつです。
 阿川さんとのトークイベントが終わると、すぐオール讀物3・4月号の校了に入ったのですが、雑誌の校了中には必ずいくつか記事のタイトルを考えなくてはなりません。
 たとえば、3・4月号に掲載した八咫烏シリーズアニメ化座談会。作者である阿部智里さんと、声優・本泉莉奈さん、七海ひろきさんの座談会タイトルをどうするか。おなじみオール最年少部員のシマダさんが「声が聞こえる」というフレーズを提案して、最終的に「物語の声が聞こえる」と決まりました。
 次に直木賞特集の受賞記念対談です。森見登美彦さんに万城目学さんと対談していただいたのですが、単なるおともだちトークではなく、デビュー直後、同じく京都を舞台にした作品で人気を博したふたりとも、互いに相手を意識し、用心し、猜疑心を抱いていた――というたいへん面白い話が展開されたので、最初、私は「友情と打算の十七年」という仮タイトルをつけました。これはYKK(山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎)の「友情と打算の二重構造」をもじったものです。
 すると対談を担当したHさんから「『打算』という言葉はニュアンスが違う」と物言いが入りまして、実際に対談中で使われた「警戒」にかえて、「友情と警戒の十七年」としました。ちなみにこの元フレーズを考案したのは小泉純一郎元総理。さすが、ワンフレーズの強さを知り抜いた政治家で、屈指の名表現だと思います。
 対談を掲載したオールが出たあと、万城目さんからは「なんちゅうタイトルつけとんねん」(ご本人のXより)とツッコミが入りました。

17年間のおつきあいになる万城目学さん(左)と森見登美彦さん(©文藝春秋)

 noteの記事を書きながら、これまでどんなふうにタイトルをつけてきたかなと考えますと、私の場合、「好きな言葉をもじる」のが多いようです。編集者それぞれに独自のメソッドがあるはずですが、私はゼロから何かを思いつくのが苦手で、先人の財産に思いきり頼ってるんですね。
 思いつくまま例をあげますと、オール讀物12月号に掲載した髙見澤俊彦さんの講演録「神様の話をしよう」の元ネタは、みなさんご存じのティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう(村上春樹訳、文春文庫)。
 2019年に単行本が出た内澤旬子さんの『ストーカーとの七〇〇日戦争』(文春文庫)は、週刊文春に連載していただく際にタイトルを提案したのですが、こちらも元ネタは一目瞭然ですよね、『ぼくらの七日間戦争』(宗田理著)から思いつきました。もうひとつ、東映ヤクザ映画の傑作『激動の1750日』(中島貞夫監督)も念頭にありまして、私、「○○の○○日」というタイトルをよくつける癖があります。
 採用されなかった例もひとつ。米澤穂信さんのミステリ3冠可燃物(文藝春秋)は、単行本化の際、複数のタイトル案があったのですが、『可燃物』が有力候補にあがっているがどうかと担当者に聞かれ、(昔、田村隆一の詩集『腐敗性物質』を愛読していたので)『可燃性物質』はどう? と提案し、あっさり却下されました。
 ――そんなこんなで雑誌の校了を終え、2月22日に無事、芥川賞直木賞の贈呈式も終わって、ようやくひと息ついているところです。

万城目学さんお祝い会でふるまわれた『八月の御所グラウンド』特製ケーキ

 贈呈式が終わったあとのお祝い会では、受賞作をかたどったケーキなどもふるまわれ、たのしいひとときを過ごしました。

(オールの小部屋から⑱ 終わり)

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