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#07 『プロ駐車場案内士』

何を隠そう、私は日本でも珍しいプロ駐車場案内士である。全国の行列のできるお店からオファーが絶えないほどの人気プロ駐車場案内士なのだ。

現在はフルーツたこ焼きをはじめ、各種メディアをジャックするほど人気のたこ焼き屋の駐車場が職場だ。毎日開店前には長蛇の列で、たこ焼き屋にとっては多すぎるほどの10台の駐車場もすぐに満車になってしまう。路上駐停車や空き地への無断駐車などが問題になり、私の元に声がかかったというわけである。

それまでは九州の某人気ディスカウントスーパー(駐車場50台)を担当していた。契約期間は残っていたが、どうしてもということで移籍することとなったのだ。

動いたのである。
巨額の移籍金が
動いたのである。

ディスカウントスーパーはたいそう儲けたことだろう。そもそも私の必要がないくらいの日も多々あったが、今思えば駐車場誘導ではなく最初からこの移籍金が目当てだったのかもしれない。そう考えるとあのディスカウントスーパーは先見の明がある。

感心している場合ではない。

さて、現職場のたこ焼き屋であるが、噂通りの混雑具合だ。駐車場が満車で諦めて帰られるお客様も多々いらっしゃる。大変申し訳ないが、10台しか停められないのだ。わかってほしいが、そこは人間、食欲も止められないのである。

「買うだけだから、ちょっとお店の前に停めてもいいでしょ?」

気持ちは十分わかる。しかし、たこ焼きはすぐに作れない。最低でも15分はかかるので、15分も店舗前に路駐されたら困るのだ。困るというか、そもそも店舗前は駐停車禁止だが。

こういう場合はお客様に同情しつつも丁寧にお断りするのがプロ駐車場案内士のやり方。

「そうですよねー、お気持ちは大変わかります。しかしここに駐車いただくわけにもいきませんでして…」

「邪魔になったらすぐにどかすから!いいでしょ?買うだけだから!」

買うだけって…他の日だったら買う以外に何かするのであろうか。いや、そんなことはどうだっていい。とにかく今は停められないので、違う時間帯に再度お越しいただくしかないのだ。

「本当に申し訳ございません。あと15分くらいすると駐車場も空きますので…」

「今必要なの!今!ナウ!」

気持ちは十分わかる。
今、必要なのだ。

「もしよろしければ、この辺りを車でぐるぐる廻っていただき、もう一度お立ち寄りいただくと空きが出ているかもしれませんので」

「そんな時間ないのよ!すぐに行かなきゃいけないの!」

なかなかの強者である。すぐに行かなきゃいけないところがあるのに、その前にたこ焼きを買わなければいけないなんて。

はっ!待てよ…

私はあることに気がついた。
気がついてしまったのである。

もしかしたらお客様の身内に急病人がいて、その人が最期に食べたいと言ったのがここのフルーツたこ焼きなのだ。だから急いで買って届けようとしているのだ。そうに違いない。だとしたら、何としてでもたこ焼きをその方に届けていただきたい。しかし、私は、私の仕事は駐車場案内士。ここで路駐を許してしまったら、プロとして失格なのだ。しかし事情が事情だけに、なんとかしてあげたい。私にできることは何かないだろうか。

そうだ!

「お客様、お急ぎのところ大変申し訳ございません。そして大変な事情があるなか、当店にお越しいただきありがとうございました。本来であればお客様の事情を考慮して、駐車スペースをリザーブしておくべきでしたが、あいにく当店ではそのようなシステムを導入していませんでして、これを機に、こんなことが再び起こらぬよう、そのようなシステムを導入すべく上の者と相談させていただきます。ええ、今更であることは承知しております。しかし、今回の件を無駄にしてはいけないと思うのです。無駄にしたら…無駄にしたら…大切な方が…浮かばれ…な…い… グスン」

わたしはお客様にゆっくりと謝罪した。それはもう、ゆっくりと。お客様には誠意が伝わったかもしれない。しかし例え誠意が伝わったとしても、今、ナウ、たこ焼きが手に入らなければ意味がないのである。だから私は、ゆっくりと謝罪することで時間を稼いでいたのだ。駐車場から出られるお客様が現れるまでの時間を。

「お客様!今、奥の車が出ますので、あちらへお停めくださいっ!」

私はプロ駐車場案内士。
お客様のお車を指定の駐車場へご案内するのが、私の仕事である。

100円くらい意志雄にあげてもいい、それすなわち、隠れイシシタン!