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朝・帰りの会「先生の話」ネタ選びのアイデア 「居場所」のない子は寝るしかない?

 朝の会や帰りの会のプログラムに、「先生の話」が組まれている学級が多いと思います。
 
 私の尊敬するある著名な実践家が「毎朝、『次は先生の話です』と日直の子供に言われると気が重くなる」と書いていたのを、かつて読んだ記憶があります。
 この教師は、子供の主体性を育むことにおいては全国屈指と言われていた人であり、子供たちの朝の会の内容に対する主体としての問題意識の低さに対して、「気が重くなる」と言っているのですが、私の場合は、上手な話ができないことに対して、「気が重くなる」ということがたびたびありました。
 子供の心に残るような話や子供が感動するような話は、どうにも苦手だったのです。

 ですから、今からお伝えするのは、そうした「ためになる」類の話のネタでは、ありません。そうした「ネタ集」は、ネットや書店で見つかるのではないでしょうか。

 その手の「先生の話」になじめなかった私は、「先生の話」の時間を「感動を与えて子供を育てる時間」ではなくて、「子供の『居場所』をつくる時間」にしようと考えるに至りました。
 子供の「居場所」づくりとは、この「ヒント帳」において私が書いてきたことの底に一貫して流れている教育観です。
 前号の「ヒント帳 38」でお伝えした<教室の入り口>の工夫でも、この考え方で「関所」を設けていました。

 ですから、今回の、朝や帰りの会の「先生の話」のネタ選びのアイデアも、前号の「ヒント帳 38」の「関所問題」「関所グッズ」とほとんど同じです。次のような内容を、「関所問題」「関所グッズ」で用いたり、朝や帰りの会で話したりしていたのです。

(「ヒント帳 38」は、コチラから ↓ ↓ ↓)

 以下、子供の「居場所」づくりのための「先生の話」のねらい、話の内容、話す時に心掛けていたこと、子供たちの反応の四つについてお伝えします。

(1)子供の「居場所」づくりのための「先生の話」のねらい

 私のいう意味での「居場所」をつくることがねらいですから、次のような気持ちを子供がもつことを願っていました。

・何だかそれ、面白そうだな。興味が湧くな。
・それ、好きだな。面白いな。
・そうなんだ。なぜだろう。もっと知りたいな。

 こうした思いをもつことが入り口になって、その子が、「この教室にいてもいいな」という気持ちを少しでも感じ取れるようにしたいのです。

(2)話の内容

①教科などの学習に関連した話(学習内容の予告や復習、発展)
・漢字クイズ
・言葉遊び(早口言葉、回文、アナグラムなど)
・算数の問題(パズル的、クイズ的な問題)
・地図を用いた話(地域地図、日本地図、世界地図などで、地名や国名を聞いたり、その土地や国に関する事物について話したり…。)
・図鑑を用いた話
・本の紹介
 
②行事や特別活動、生活の仕方に関連した話
・その日の「目当て」「頑張りたいこと」をごく短く、簡単に。「お説教」にしたくないから、「関所問題」にして子供に答えさせる方法を取っているのです。むしろ、「〇〇さんが、こう答えていた」と紹介することによって、教師の願いを伝えます。
 
③季節の自然や生活に関連した話
・生き物について(植物や昆虫などの実物を用いたり、セミの鳴き声を聞かせて種類を考えさせたりして…。)
・「今日(明日・昨日)は何の日か?」についての話。様々な「記念日・国民の祝日」や都道府県限定の「記念日」、二十四節気についてなど。夏至、冬至、春分、秋分、立春、節分、七夕、五節句はマスト。
 
④話題のニュースや出来事
・身近なことや世界の出来事まで、新聞記事やネット画像などを見せながら。
 
⑤玩具を用いて
・けん玉やこま、お手玉などをやってみせる。代表の子にやらせる。
 玩具を馬鹿にするなかれ。ある学級では、けん玉を流行させることで、いじめを解決したといいます。「被害」を受けた子が、けん玉が得意だったのです。けん玉の流行とともに、皆のその子への見方が変わったのでした。
 
⑥学級全体、あるいは特定の子供のよさや頑張りについて
 
⑦学級通信や子供の書いた学級新聞、係新聞などを配付して読む

(3)話す時に心掛けていたこと

①子供に向かって話す
 子供には気付かれないように、ピンポイントで特定の子に向かって話す時もあれば、「投網」のような時もありました。目的は、子供の「居場所」づくりですから。
 また、そもそも教室で話す時には、教師はもちろん、子供も、「相手意識」が大切です。先の著名な教師の学級では、子供たちは一斉学習であっても誰に対して話すのかを意識して発言をしていました。私はそこまで子供を育てられませんでしたが。

②考えや行動、出来事の価値を明示したり、価値判断を促したりする
 子供の考えや行動も含め、話す内容の中に価値付けをする必要があると判断した場合は、きちんとそれを明示します。また、子供たちに考えさせたい場合は、事実の提示や問い掛けによって価値判断を促します。

(4)子供たちの反応

 保護者から、「子供が、先生の話す豆知識が楽しいと言っています。」と、時々言われました。
 卒業して何年か経った教え子から、「先生の授業は、豆知識を話してくれたことが、私に合っていた。」と言われたこともあります。
 もちろん、私は「豆知識」を話していたつもりはありませんが、子供がこんなふうに受け止めていたということは、「作戦成功」と言ってよいでしょう。
 「居場所」づくりとは、本来、子供にそうとは気付かれないように、そっと背中を押してあげることだと思うのです。
 
 ちなみに、件の教え子は、中学校では授業中に時々居眠りをしては、教師に注意されていたとのこと。
 「居場所」をつくってもらえない子供は、居眠りでもするしかないのかもしれません。
 私は、自慢をしたいのではありません。
 ただ、中学校の教師がその子供にしなくてはならなかったのは、「注意」だけではなかったのではいかと考えるのです。
 「居場所は自分でつくれ」というのは、酷な話です。
 「自分でつくれない」から、苦しいのです。


 子供は、知的な存在です。だから、私は一人一人の子供の中の知的好奇心を掘り起こすことを大切にして、「居場所をつくる話」をしようとしてきました。
 そんな子供の知性の前では、薄っぺらい感動話は簡単に見透かされそうで、それが私は怖かったのかもしれません。