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ロケット開発が陰謀論の十字路になること。嫌韓嫌中・Qアノン・兵器嫌悪

2021年3月、日本の新型基幹ロケット「H3」を取材してこんな記事『急拡大する宇宙ビジネス市場での立ち位置…JAXA新型ロケットH3、正念場の1年』を書いた。元はBusiness Insider Japanに掲載されたもので、Yahoo!ニュースに転載されるとコメントが10件ほどついている。コメントは賛否含めてわりあい冷静な意見が多く、多少の技術的誤解はあると思われるが射場整備の必要性や衛星打ち上げビジネスの発展性などについて考察されている。

一方で、3月末に掲載された韓国の国産ロケット「ヌリ号」の記事『韓国、ヌリ号打ち上げ成功しても衛星独自打ち上げは事実上“不可能”』(元記事は中央日報)には580件以上のコメントがつき、大変盛り上がっている。Yahoo!ニュース個人オーサーとしてコメントした通り、記事はITAR(武器国際取引に関する規則)を曲解してロケット開発にとっての非現実的な障害を作り出したもので、信憑性は低いと考えている。けれども、それを鵜呑みにして韓国のロケット開発を不当に貶めるコメントが多くを占める。ITARの中身を確認して記事を検証する作業など面倒くさくて誰もやらないと見られているのだろうし、実際その通りだろう。オーサーコメントする側は代わりにそれを引き受けるので、400字のコメントでも最低限FAAの資料には目を通す。たいへん手間がかかる。

ロケット開発の歴史はミサイル開発の歴史と不可分であるため、安全保障と絡めて背景を無視して持論をただ展開する、言いっぱなしコメントで盛り上がることは珍しくない。固体燃料のイプシロンロケットが「モバイル管制」を打ち出したときに「ミサイルそのもの」といって大はしゃぎした人が大勢いたのと同じ構図だ。ユーザーズマニュアルまで作って衛星打ち上げロケットとして開発したEpsilonをミサイルに転用する意味はあるのか、といったことは考慮されない。

宇宙開発は、軍事技術と繋がりを持つ点をフックに陰謀論のトピックになりやすく、取材記事を書いているとネタにされることも少なくない。最近はTwitterにつまらないリプライをつけてくる相手のTLを逆上ると陰謀論だらけということが増えてきた。個別に反論したい、ブロックする前にいったんコメント付RTしたい、という気持ちも湧くのだけれども、どうもそれはうまくないのではないかと考えるようになった。かえって陰謀論を盛り上がらせ、煽ってしまう可能性がある。

陰謀論といっても中身はさまざまで、どう呼ぶのが適切(「派閥」?「流派」?)なのかはわからないが一様ではない。一部重なりあってもいるし、反発しあってもいる。また、「アポロ月着陸捏造説」のように一まとまりのストーリーを信じているとは限らず、陰謀を構成するフェイクニュースのかけらのようなものを個別にとなえているようにも見えることがある。“陰謀論者のたまご”というところだろうか。

私のTwitterのタイムラインはこうした人たちが散発的に、四方八方から現れては去っていくような状態になっている。陰謀論の十字路とでもいうようなもので、私のフォロワーの規模からいって今はまだ往来も激しくはないが、ここで対応を間違えたくない。

私がどれかの陰謀論を取り上げてコメント付RTで反論するといった対応を取ると、必然的に他の論を唱える人の目にも入るだろう。これまで交流のなかった陰謀論者どうしがお互いの存在に気がついてしまい、リプライで私や他の人を巻き込みながら意気投合する様など見たくもないし、対立する説を唱える相手のアカウントに乗り込んでいって誹謗中傷を繰り返すなどもっとよろしくない。どちらにせよその人の時間の中で陰謀論にコミットする部分を増やしてしまい、陰謀論を活気づかせるだけだ。

Yahoo!ニュース個人のオーサーとして、たまに編集部から、嫌韓など不適切なコメントが多数を占めている記事へのコメントを求められることがある。オーサーコメントは自動的にある記事に対するヤフコメのトップに表示されるので、釘を刺す効果があるのだ。私のコメントはポジティブネガティブ含めて後にコメントを続きにくくする、ストッパーのような性質があるらしく(対象を選べないのでもっと盛り上がってほしいときにも同じことが起きる)、冒頭に示した韓国のロケット開発の記事もオーサーコメント後に一般コメント数は伸びにくくなっている。

コメントストッパーという特技があるならば、それを活かして私のところにやってくる陰謀論者がそれ以上盛り上がれなくなるような、そんなTLを構築するべきだと考えた。おおむね、無視とサイレントにブロックするだけでよいのだけれど、この状況そのものはどこかに記しておきたい。陰謀論リプライにはリンク等の相手をたどりやすい形では一切言及せず、「こんな説が観測された」ということだけ整理しておく。

嫌韓嫌中型

最も多数派で以前からあるタイプ。以前は中国の宇宙開発に対して、宇宙ステーション「天宮」の成果を否定するといった説も見受けられたが、嫦娥5号が月の裏側からサンプルリターンを成功させ、長征5号ロケットによる天問1号の打ち上げ、火星軌道投入成功と連続成功している中国をくさすのは難しいため、韓国へ発言対象がシフトしている傾向がある。「はやぶさ/はやぶさ2の小惑星サンプルを奪おうとしている」といった説を持ち出すことも少なくない(ソウル大学はもともと「はやぶさ2」プロジェクトに参加して観測で貢献し、成果論文の著者にも名を連ねていてこれは事実無根)。中国の宇宙開発を直接貶めるのではなく、日本のロケットの弱点(打ち上げ実績が少ないことなど)を自虐的に述べつつ、新型コロナウイルスの人為的流出説を混ぜ込むなど偽装してくるものもある。

Qアノン型

とうとう来たか、と思っている。現在のところ観測例はまだほとんどない。Yahoo!ニュースで書いたSpaceXのスターリンク衛星のサービス時期に言及した記事を引用し、「スターリンク衛星はトランプ陣営が通信網を掌握するための手段」とする説を発見した。荒唐無稽なのが特徴ともいえるQアノンだが、根拠があるように見せかける意思が見受けられないのはなぜなのだろうか。

兵器嫌悪型

3月に書いた一連のH3ロケット取材記事に対し、「外見がミサイルに見える」ということを気にしている人々がいるようだ。試験用の黒いフェアリング(打ち上げ時には白く塗装したフライト用に換装される)がそうしたイメージを喚起しているのかもしれない。外見に対して否定的な感想を持たれることはあるにせよ、「ミサイルに見える」から「兵器開発に違いない」まで飛躍していたため陰謀論の一種と判断した。こうしたタイプが上記2タイプと交わると非難の応酬になりやすいため、「陰謀論が不発に終わる」TL構築を決意するきっかけになった。

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