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芦生研究林~大学の森で何やろう?~

はじめに


京都大学芦生研究林は、全国の大学演習林・研究林のなかでも特別な存在だと思います。その歴史の長さ、広大で原生的な自然、観光客への人気、国定公園の中核として指定されたことなど、さまざまな目立つ特徴があります。その一方で、地上権契約の不安定さ・施設の老朽化・シカの食害などネガティブな要素も山積みですし、不法侵入や遭難など「人気者の悩み」まであります。芦生研究林は特別であるがゆえに、この森を愛する人は大勢いて、私もそのひとり。ここでは、私の個人的な視点から、この森について語ってみたいと思います。

芦生の森とは


芦生研究林は、京都府の北東部、滋賀県と福井県との県境に位置しています。面積は約4,200ヘクタール。京都市内の碁盤の目がほぼすっぽり収まってしまうくらいの大きさです。比較的起伏の穏やかな丹波高地に属しており、標高は355mから959mにまたがっています。標高の低い場所では暖温帯、高い場所では冷温帯の植生が見られます。また、太平洋側と日本海側の分水嶺に接しているため、両側の生物が見られます。このような要因から芦生の森の生物多様性は高く、過去に高名な分類学者の中井猛之進教授から「植物ヲ學ブモノハ一度ハ京大ノ芦生演習林ヲ見ルベシ」と評されたこともあります(伊勢・前田2018)。


芦生研究林は、一般市民からも愛されていることが大きな特徴です。その広大な天然林は「芦生の原生林」と呼ばれ、定期的に民間のガイドツアーが催されています。特に新緑や紅葉の季節には、静かな森にときたま観光客の歓声が響き渡ることもよくあります。京都大学の広告塔としての役割も果たしており、テレビの収録、新聞の取材、映画やドラマの撮影もよく行われています。観光客やマスコミに人気の定番スポットは、下谷の大カツラです。この40m近い高さを誇る巨木は、まさに芦生研究林の主といった風情で、見る者を圧倒します。

大学の森として


一般市民に愛されるのはとてもうれしいことですが、芦生研究林は京都大学の森として、その教育と研究に貢献することが求められています。近年、多くの大学施設は予算の削減に悩まされており、芦生研究林も例外ではありません。芦生研究林の前身となる芦生演習林が設置されたのは1921年。このとき、99年契約の地上権が設定されて今にいたっています。このような長い期間にわたって大学が森を管理してきたことは、生態学や林学などの教育と研究にとって、非常に貴重な財産です。その反面、設備の老朽化は進む一方ですし、長大な林道のメンテナンスにもたいへん骨が折れます。そして現在の地上権契約は2020年に満了します。その後も末永く、この大学の森を守り続けていくことができるでしょうか。貴重な国民の税金を財源として運営しているわけですから、説明責任を果たすことが大事だと思っています。


「文化的生態系サービス」という言葉、聞いたことありますか?生態系サービスはいわゆる「自然の恵み」のことで、たとえば森が供給する木材や食料、森の保水能力や炭素蓄積などがその例として挙げられます。そのなかで「文化的生態系サービス」とは、自然が持つ教育・娯楽・芸術などの価値のこと。人が重視する生態系サービスは、時代とともに変化します。むかしは森の価値といえばその生み出す木材でした。そのため日本の多くの森は人工林とされました。しかし現代では、林業は衰退していく一方で、ハイキングやエコツーリズムなど、自然の文化的サービスが産業として勃興しています。芦生研究林もご多分に漏れず、事業として実施する林業は採算が取れず中止していますが、ガイドツアーの観光客は大勢押し寄せています。


現代における芦生研究林の存在意義を説明するひとつの例として、文化的生態系サービスはありかもしれません。近年着目しているのは、「そもそもなぜ、人は森に行くのか」ということです。人々が、お金と時間を使ってエコツーリズムに参加するのはなぜでしょう。なぜ自然にひきつけられるのでしょう。これは壮大な命題ですが、近年開発されたポータブル脳波計で、森のなかでの人の心理状態をリアルタイムで記録することで、解明に向けた一歩を踏み出したところです。


また、ドローンと人工知能を使った研究もはじめています。広大な森林に存在する樹木の樹種・サイズ・位置を把握するのは非常に困難です。起伏に富んだフィールドで調査するのはもちろんのこと、航空写真から目視で判別するのもたいへんです。そこで、ドローンを使って森林を撮影し立体モデルを作ることで樹木の位置とサイズを自動的に割り出し、さらにディープラーニングという人工知能を使うことで樹種も自動判別できるよう研究をはじめました。このように、世界の最先端の学問を芦生の森から発信していきたいと考えています。

引用文献
・Ise T, Minagawa M, Onishi M (2018) Classifying 3 moss species by deep learning, using the “chopped picture” method. Open Journal of Ecology 8:166-173
・伊勢武史(2018)丹波の森林資源の多面的な役割:芦生研究林の生態系サービス. 京都学研究会編「京都を学ぶ:丹波編」, ナカニシヤ出版
・伊勢武史・前田雅彦(2018)野外研究サイトから(36):京都大学フィールド科学教育研究センター・芦生研究林. 日本生態学会誌68:75-80


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