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カメムシとジャスミンと私 〜においにまつわるエトセトラ〜

「お母さん!どっかにカメムシいる!」
娘が家の中で叫んだ。
「え、うそ」
そんな気配は感じないが。
「ほらぁ、においしてるじゃん。どっかにいるって!」
「あ、ほんとだ!においする!」
息子まで参戦してきた。
「うわ、臭い臭い!もう!どこにいるの!」
ふたりは大騒ぎだ。
かく言う私は、まったくカメムシの気配を感じない。
においもしない。
「ほんとにいる?」
「いるって!」
ふたりの声がそろった。
はて……。
すると、ふと目をやった先に。
「あ、いた」
声が漏れた。
子供たちはすかさず私の視線の先にいるカメムシを確認すると。
「早く取って!お母さん!」
いやいや、私も虫は苦手なんですけど。
もう、しょうがないなぁ、と嫌々ティッシュを数枚取り出す。
「絶対潰さないでよ!臭いから!」
そんなに注文をつけるなら自分でやってよ、と思いつつ、カメムシにそおっと近づき、一気にティッシュで包み込んだ。
小走りで窓際まで走り、捕獲したカメムシを庭に放つ。
ほっ、一段落。
しかし。
なぜみんな、カメムシを臭いというのかがわからない。
カメムシって、におう?
謎だ。


*****


ある日。
実家へ遊びに行った。
すると、キッチンからトイレのにおいがした。
「お母さん、ここ、なんか臭いよ」
「え?そお?」
母は感じていないようである。
「え、めっちゃ臭いよ。トイレのにおいするもん」
そう言うと、母は、はて……という顔をし、
「あ、ジャスミンかも」
と言った。
「どういうこと?」
「これのにおいじゃない?」
そう言うと、母は花瓶に挿してあった花のにおいを私に嗅がせた。
「あ、これこれ!これのにおい!えっ、これって花のにおいだったの⁉︎」
びっくりである。
私がずっとトイレのにおいだと思っていたのは、ジャスミンの香りだったのだ。
母曰く、トイレによくジャスミンを置いていたそうで。
まったく気づいていなかった。


*****


で、話は戻り、カメムシである。
また、例のごとく、娘が「カメムシがいる」と騒ぎ出した。
臭い臭いと騒いでいる。
しかし、私にはにおわないのだ。
「におう?」
すると、信じられないといった様子で、
「におうじゃん!におってるじゃん!このにおい、わからない?」
と少し苛立っていた。
やはりわからない。
におわない。
そうこうしているうちに、またカメムシを発見し、また例のごとく私がティッシュで包んだ。
すると娘が、
「それ!それ、嗅いでみ!」
と丸めたティッシュを指差した。
一瞬ひるんだが、おそるおそるティッシュに鼻を近づけてみる。
「あ、におい、する」
「でしょ!臭いでしょ!」
やっとわかってくれたか、と娘はふぅと息を吐いた。
「でも、臭くはない」
私がそう言うと、
「はあ⁉︎どうなってんの、お母さんの鼻」
娘は若干キレ気味だ。
しかし、ようやくわかった。
カメムシのにおいは、私にとって草を刈った後のにおいと大差がなかったのだ。
だから、臭いと感じなかった。
なぜなら草を刈った後のあの青臭いにおい、私は嫌いではなかったからだ。



そういえば実家にいた頃は、カメムシを臭いと騒ぐ人はいなかった。
だから、カメムシのにおいを臭いものとしてインプットする機会がなかったのだろう。
そして、ジャスミン。
ジャスミンは、トイレで嗅ぐ機会が多かったため、トイレの臭いにおいとしてインプットしてしまった。

いやはや、人間の感覚は面白い。
もちろん生まれ持ったものもあるだろうが、環境でも感覚は変わるのだろう。
ジャスミンは、私にとってはトイレのにおいでも、誰かにとってはきっとステキな香りなのだ。



ちなみに。
最近はようやく、部屋にカメムシがいたらにおいでわかるようになった。
しかし、やはり臭くはない。


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